「あの、そろそろどこへ行くかくらい教えてほしいんですけど……」
葵は早足で課長のあとを追う。すれ違う人々とは対照的な足取りが不安を加速させていった。
「ねぇ、課長。呼ばれてるって誰に――」
「多くの人が最期を迎える場所。キミはどこだと思う?」
「え? び、病院とか……?」
「当たり」
辿り着いたのは総合病院。そこの入院患者用エリアで、課長は時間外出入り口の警備員に一言二言話して簡単に中に入っていった。
「こっちか」
初めから目指すべき場所が分かっているとでもいうように迷いなく進む課長。葵は訪れたことがない病院ということもあって、あっという間に現在地が分からなくなってしまった。やがて課長はとある病室の前で立ち止まる。
葵は戸惑いがちに【東 涼子(あずまりょうこ)】と記されているネームプレートを見あげた。その直後に課長はノックもせずに扉を開け、ずかずかと足を踏み入れる。
「ちょ、課長!? 人が居たらどうするんで――」
「失礼ですが、どちら様で?」
葵の忠告は遅かったようだ。病室の中では細身だが筋肉質であることが窺えるワイシャツ姿の中年男性が課長を疑うような目で見ていた。
「私をお呼びのようでしたから」
「……なんのことだ?」
「詳しいことはのちほど。失礼します」
あまりにも堂々とした振る舞いに反応が遅れたのか男性と葵は呆然としている。我に返った時には課長は既にベッドへ横たわる女性に寄り添っていた。
「待て待て。なんなんだ急に。妻の知り合いか?」
「いえ、奥様とは初対面です」
男性の妻・涼子の頭には痛々しく包帯が巻かれており、さまざまな管やチューブが体に繋がれている。心電図こそ規則正しい電子音を奏でているものの、これほど騒がしくしているのに一向に目を覚ます気配がない。
「初対面のアンタが涼子になんの用だ」
「申し遅れました。私は死神です」
この瞬間、葵は時が止まったような気がした。男性もどこか呆けたような表情で固まっている。かすかに聞こえる秒針の音だけが現在進行形であることを証明していた。