最後まで読み切った不比等は、巻子本を几帳面に巻き戻した。そして、それを手にして、

「豊麻呂に、我の部屋に来るようにと、必ず伝えよ」

と、念を押し、さっと部屋を出て行った。

取り残された書き手たちは、ポカンと口を開いたまま不比等の背中を見送った。

「……どこを書き直したのか、お聞きにならなかったぞ」

「あ、ああ」

五人はほっとしながらも、拍子抜けした顔をした。

(わかりやすいことよ。どの部分に手を加えたか、一目瞭然だ。小心者が歴史の改ざんなんぞすべきではない)

不比等は音もなく廊下を歩いた。

“かさっ”

足元で音がした。赤みがかった橙色の桜紅葉が一枚、どこからか舞い込んでいた。不比等はそっと手に取った。枯葉をじっと見つめながら、ふと、つぶやいた。

「小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはつせのわかさざきのすめらみこと)……か」

 

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