【前回の記事を読む】『日本書紀』のからくり──史実改ざんの疑いと2つの奇怪な記事を紹介

はじめに  偽装の『古事記』とからくりの『日本書紀』

奇怪な記事、新斉都(しせつ)(ひめ)池津(いけつ)(ひめ)

やはり『日本書紀』には何かが隠されている。それは千三百年このかた暴かれることのなかったからくりの彼方に存在している。

この小論では「古事記神話」と「日本書紀神話」を比較しながら、『日本書紀』がどのようなからくりを秘めているのか探ってみたい。そして『古事記』・『日本書紀』を合わせてどのような歴史の改ざんがあったのか、その真相にも迫ってみたいと考える。

第一章  「神功皇后紀」・「応神天皇紀」のからくり

1. なぜ卑弥呼の記事を引用したのか

『日本書紀』紀年の基準点

さて、それでは『日本書紀』である。『日本書紀』は、干支を用いて年次ごとの出来事を詳細に記録している。編纂者たちは長大な年表を作成し、それを利用していたに違いない。だが問題はこの年表なのである。

すでに紹介してきたように『日本書紀』の紀年では、百済記関連の記事を利用する時に年代を百二十年もさかのぼらせているのだ。ここには、一体どのようなからくりが隠されているのであろうか。

また、『日本書紀』における正しい紀年である。『日本書紀』の長大な年表の中にからくりが隠されているらしいことは感じられるのであるが、正しい紀年が求められない限りそのからくりは暴けないのではないか。正しい紀年を求めるためにはどうすればいいのか。その手掛かりはどこにあるのだろうか。

実は、その手掛かりとなるのが、「神功皇后紀」に引用された倭の女王(卑弥呼)の遣使の記事なのである。