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暗く閉ざされた黒い海辺
打ち上げられたか壊れたはしけ
私を見捨てたあなたもいつか
私の海に帰るだろう

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律子は手も頭も忙しく動き回して晩の支度に余念がなかった。あと一時間ほどで開店である。定番以外に本日の特別料理が四品、大皿に盛り付けられてカウンターに並べられている。

この特別日替わり料理がなかなかの評判で、しっかりと固定客を掴んでいた。《昴》は顔見知りの常連客が多く集まる小さなバーだった。律子は一曲目が終わったことに気がつき、ボタンを押し直すと、また初めから同じ曲が流れ始めた。

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暗く閉ざされた黒い海辺
打ち上げられたか壊れたはしけ
私を見捨てたあなたもいつか
私の海に帰るだろう

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「あら俊介さん、どうしたのこんなに早く? 六時からよ」

「済みません。昨晩は貫徹で、最後のプリントがやっと今終わって。確かにまだ五時ですね。でもビールなどで適当に自分でやりますから……。それよりこの曲、何ですか?」

律子は俊介の問いかけなど上の空の様子で、一心不乱に手を動かしていた。

「ねえ律子さん……聞いてる? 今、流れていた音楽。何という?」

「……えっ? あっ、これ? 知らないの? ファドよ!」
「ファド? ファドって?」

いつも物知りで通っている宗像だから、ファドを知らないなんて愉快だった。律子は珍しく、少し優越感に浸って言った。

「ファドというのはね、ポルトガルの民謡のこと。ブラジルの音楽がポルトガルに入って、十九世紀始めに生まれた音楽がこの“暗いはしけ”。運命を意味するラテン語の言葉、ファトゥムが語源なのよ。ねえ、哀切感溢れ、抒情漂う音楽でしょう!」

「なかなか博識ですね。でも、いったいどうしたのですか、突然ポルトガルだなんて? 確かスペイン派のはずでは? フラメンコに打ち込んで、もうずいぶん長いですよね?」