(なんか、久々に誰かにあんなにアイドルのこと語っちゃったな……)
妙に気恥ずかしく、それと同時になぜかちょっとうれしくもある。
(なんでだろう、いつもネット上のヲタ友にしか話せなかったからかな? 私、アイドルの話を誰かとしたかったのかも)
しっかりと手を洗い、清めてから保存版の1冊を本棚にしまい、観賞用の1冊を手に取る。
(私の部屋は、ほとんどアイドルばっかりだし、歴史小説なんて読んだこともないや)
年齢も勤め先も住んでいる場所も同じなのに、全然趣味が違う。当然だがそれを目の当たりにしてなんだか知らない世界を見た気がする。昔テレビで見た水戸黄門のドラマは祖父しか見ていなかったのに、歴史小説を読む若者もいるんだなと改めて実感する。
(よーし早くお風呂入って写真集見よう)
理子はお気に入りの曲を口ずさみながら、入浴の支度をしていた。
礼が入ってきてようやく業務が落ち着いてきた頃。金曜日の夜に、部署で礼の歓迎会をやろうという話になっていた。昼休みが終わり、オフィスに戻ってきた礼に千春は声をかける。
「吉川君、今日の夜って暇? 吉川君の歓迎会やろうと思うんだけど」
「いや、俺今日の夜は予定があるんで。パスで」
(いやいや、あんたの歓迎会でしょうが……)
もうすでにお店はチェックしてあり、他のメンバーの予定も空けてある。といっても、岩下と派遣社員の女性、そして千春の予定だけだが。
「そこはさ、どうにかこっちの予定に合わせられない? 一応、みんな予定空けてくれてるんだけど」
「無理ですね。こっちのほうが先に決まっていた予定なので」
「うちの部の人も、みんな吉川君のために予定空けておいたんだよ?」
「今日会う俺の友人も、同じように予定空けてくれたんで。申し訳ないと思いますが、今日は行けません」
きっぱりとした口調に、どれだけ説き伏せても無理だと痛感する。
(普通、こういうときって会社の歓迎会を優先するもんだと思うんだけどなぁ……)
「じゃあ、来週の金曜日は? 空いてる?」
「空いてます」
「じゃあ、来週の金曜日にしよう、歓迎会」
「ありがとうございます。俺から岩下さんたちには謝っておきます」
「いや、いいよ。私が歓迎会の幹事だから。私から伝えておく」
礼のことはまだ全然掴めない。業務自体には意欲的なのに、『仕事』よりも『プライベート』を優先する。仕事に積極的なのであれば、プライベートを少しでも犠牲にして働いたほうが、周囲へのポーズにもなるのに。
(……やっぱり、若い子が考えてることはよくわからないな)
社会の渡り方を知らない。しかし、わざわざ上司の口から社会の暗黙のルールだからと伝えるようなことでもない。
(そう思うと、昔はみんなよく大人の動きを見て察してたんだわ……上司に言われなくても、こうするものだってわかってたんだもんね)
次回更新は11月27日(木)、11時の予定です。