【前回記事を読む】「初めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな」小学5年生の夏休み。キャンプ場で初めて飯盒でご飯を炊く

風の部 霧は、アンダンテで流れ行く

第一章

山田は、家から徒歩で30分ぐらいかけて小学校に通っていた。そのおかげで脚腰が強くなったのか、走るのが早かった。とくにマラソンは学年でもトップクラスだった。

山田が親指ほどの大きさの紫水晶を見せてくれたことがある。

山田の家から20分ほどのところにあるお寺の近くに水晶山と呼ばれている小高い山があり、その一角に水晶が出るところがあるのだ。

「今度の日曜日、水晶山に行かないか?」

山田の言葉に、クラスメイト4、5人が付いていくことにした。小学校で待ち合わせて、1時間ほど歩いた。

夏の日差しが強い中、皆汗をかき、疲れていた。

お寺の裏山というより小高い丘であるそこは、北側が切り立った斜面になっていた。少し離れたところから、雑木林が続いている。

その中には、笹百合がぽつんぽつんと咲いていた。淡い桃色の花を咲かせる笹百合は、姉さんかぶりをした農家の女の人がひろしの家の近くに年に一、二度、自転車に乗せて売りに来るので、母にその名を聞いたことがあった。ひろしは帰りに、2、3本手折って帰ろうと思っていた。

水晶はすでに随分掘り起こされていて、細かいものしか残っていない。それでも一つ一つは六角柱状になっているのが不思議だ。丁寧に掘れば、紫水晶の小さいのが見つかるかもしれない。皆、夢中になって探した。

突如、崖の上から声がした。

「おまえら何してる!」

ひろしたちと同じような年頃の少年数人が、上から小石を投げてくる。

「逃げろ!」

山田の声で、皆は山田の後を走った。

お寺まで逃げ延びると、少年たちはもう追っかけてこなかった。ただ、一人の同級生の頭に小石が当たっていたらしく、よく見ると少し出血していた。

「畜生! あいつら、隣村の悪ガキどもだ。仕返ししてやる!」

山田は息巻いていた。

蝉しぐれの殊更蒸し暑い日々がようやくおさまり、風が夏の終わりを告げていた。