【前回記事を読む】「かあさんはね、日本が戦争に負けてよかったと思ってるの。」満月を眺めながら、母は静かにつぶやき、言葉を続けた。

風の部 霧は、アンダンテで流れ行く

第一章

綺麗な桜並木が続く、小学生のひろしは川の土手をあるいていた。

満開のさくらの土手の道なのに、あまり人が集まっていないのは、ひろしにとってありがたいことだ。

まあこの時期、この程度の桜は、それほど珍しくないのだろう。

春風は遠くの青い山脈から穏やかな風が黄色い菜の花畑と緑の麦畑の織りなす絨毯の上を吹き抜けてゆく。

川は、この辺りの人々には、「桜川」と呼ばれていた。子供の頃、まだ水量も多く、学校にプールが出来るまでは、この川で泳いだが、泳ぐのは学校から禁止されていた。

子供達はこの川のことを「ハラガワ」と呼んでいた。

農業用水の支流なのだろう。夏の前は水量が多くなり、めだかが小さな群れをつくっていた。夏、ひろしたちが「ハラガワ」に入ると、いつの間にかメダカの群れはどこかへ消えていた。

先生の見回りを警戒していつも一人が交代して見張っている。

その見張りが「おーい来るぞ」と声を上げる。

皆一斉に川から上がり、服を慌てて着て小走りに帰宅し始めた。そしてもう安心だと思われるところへ来て歩き始めた。

そんな繰り返しの夏の日々のある日、青白い顔の青年とすれ違った。

彼はベージュ色の帽子を被り、白いシャツを着てどこかおしゃれな感じがしていると思ったのはひろしだけだっただろうか。

「あいつ、シスターボーイだって…母さんにあの人には近づくなって言われたけど、俺あいつに、イチゴの氷食べさせてもらったことがある。母さんには内緒だけどね」

なんだか難しい話をしてくれたけど、戦時中、軍の特別な研究室があって、戦時中ナチの研究資料を読まされたり、暗号解読の研究をさせられたりしたんだって、数学や論理学とかで、思考過程の機械化を進めて、チェスを指す機械から暗号解読の機械の開発を毎日のようにさせられてた話をしてくれたけどよく解らない事ばっかりだった。

ただ、この開発は電子計算機につながることを、シスターボーイが話してくれたことの中で、そのことだけが、なんとなくわかったような気がした。

でも、この話は秘密なんだって。なんだか怖いよな…その友人はそんな話をしながら、別れぎわに気持ち悪いような握手をされたと付け加えて話してくれた。

小学校のプールはひろしが2年生の夏、プール開きになり、夏の体育の授業は、天気が良い限りプールだった。

みんなでワイワイプールで泳ぐのが楽しかった。ハラガワで小さい頃から泳いでいたのでひろしは泳ぎが得意だった。

それと、ひろしは密かな楽しみがあった。担任の女性教師、N先生の水着姿が気になっていた。グリーンのパステルカラーの水着姿に大人の女性を感じていたのだろう。