【前回記事を読む】開店と同時にお客さんが入った。スーツ姿のビジネスマンが4人、大テーブルで生ビールを注文してきて…
第三章 さようなら、ホモ・エコノミクス
「あなたは必死に勉強されて、素晴らしい知識とプライドを身につけられたことと思います」
最上さんは微笑んで、頭を少し下げた。
「市場原理主義や新自由主義は、成功を望むビジネスマンにとっての信仰でした。しかしいま、その信仰は崩れ去り、公正な〈見えざる手〉を持っているはずの神は、どこにもおわしません。
過剰な欲望と深刻な格差が、増産されるばかりです。あなたはその知識とプライドによって、重い十字架を背負ってしまったのです」
オッチャンは、店に入ってきた当初とは別人のように、口調と物腰がやわらかい。
「知には栄枯盛衰、ときには、光と影があります。それに気づかない者は、かつての学びにしがみついて、今度は逆に、時代の抵抗勢力となってしまうんですわ。モガミさん」
最上さんは、口をポカンと半開きにして聴いていた(あの、わたくし、サイジョウです)。
「モガミさん、アメリカへ行っても突出していた、中谷巌さん1)や司馬正次さん2)をご存じですか? 彼らのように、ご自身の信条をへし折って進化するかたがたもいらっしゃいます。どうか反省して、自己批判して、あなたもさらに先へ。
このどうしようもないホモ・エコノミクスの時代から、脱出を先導してください。あなたのように優秀なかたの……それは、義務です」
清野先生は、またくるりとスツールを返し、ヘベロフカの大盛ダブルロックに戻った。
「ああ、ワイの血管が、じわじわ清らかになりよる」
ネイビーが、立ち尽くす最上さんと、そしてアッちゃんを気にしながら、たしなめる。
「ビジネススクールにも、原理主義に陥らない、素晴らしいところはたくさんあるぞ。最近は、経営管理ばかりじゃなくて、哲学や社会学とか、教養も分厚く教えている」
この元同僚が、荒れたストレートしか投げないピッチャーのような性格であることを思い出した。
初対面の人に、真っ向からそこまで言うか。