屈辱と恐怖が、全身を支配する。

こんな思いまでして子を望むべきなのか……疑問が胸を締めつけた。

枕元では、若い女性看護師が映画の話題などで気を紛らわせてくれた。

その優しさが胸に響く一方で、下半身は別世界にいるようだった。

青い布の向こうで行われている『作業』が、俺たちの未来を左右する。そう思うと、どんな雑談も耳をすり抜けていった。

予定時間どおりに手術は終わった。結果が出るのは一週間後だ。

妻が会計をしている間、ロビーの椅子で待っていた俺は、緊張から解放され、空腹に襲われた。同時に、麻酔の切れた痛みが加わり、意識を失った。

気づけば、簡易ベッドに寝かされていた。痛み止めを処方してもらったらしい。それでも足取りはおぼつかず、妻に支えられて病院を後にした。

結果が出るまで、俺たちは普段通りの生活を続けた。話し合いを避けたのは、悲観的な結論しか出ないと妻も分かっていたからだろう。

一週間後、再び病院を訪れた。

合格発表を待つような緊張の中、医師は、あっさり告げた。

「やっぱ、ダメだね。残念だけど」

あれほど痛みに耐えたのに、その一言ですべてが終わるのかと思うと、怒りが湧いてきた。

医師の診断は、精子を作る細胞が存在しないとのこと。おそらく思春期に、 何らかの成長ホルモンが分泌されなかったことが原因だという。それを今知ったところで、結果は変わらない。

俺は男性としての一部を失った。すぐに気持ちを切り替えられるはずもなく、しばらくはその話題を避けた。

今後の選択肢は限られている。一つは、離婚して他の男性と再婚する。もう一つは、子を持たず二人だけで生きていく。子供を望んでいる妻を尊重するなら、前者だろうと考えた。

ある朝、妻から「相談があるので早く帰ってきてほしい」と言われ、ついに離婚を切り出されるのかと仕事が手につかなかった。

だが帰宅後、妻は「子供を持つことの意味」について真剣に語り出した。

「確かに結婚は面倒だし、子供がいれば心配も増える。でも家族がいるからこそ幸せの幅も広がる。だから淳太さんの二つの選択肢は考えられない」

妻は真剣な眼差しで続けた。

「もう一つ方法があるの。第三者の精子を使うのよ。病院で正式に行われている方法だって」

その言葉に息が詰まった。俺の血を引かない子を、本当に我が子と呼べるのか。

次回更新は11月3日(月)、21時の予定です。

 

 

👉『さまよう記憶の行方』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】彼と一緒にお風呂に入って、そしていつもよりも早く寝室へ。それはそれは、いつもとはまた違う愛し方をしてくれて…

【注目記事】(お母さん!助けて!お母さん…)―小学5年生の私と、兄妹のように仲良しだったはずの男の子。部屋で遊んでいたら突然、体を…