【前回の記事を読む】「男性側に原因がある可能性が」…医師に告げられ、アレの検査へ。自宅採取か、“とっておきのビデオ”か選べるらしく…

第一章 幸せの断片

後日、二人で医院に受診した際、医師からの報告に心が凍りついた。

「残念ながら、旦那様の精液の中に、精子を発見できませんでした」

医学的には『無精子症』という。

無精子症の男性は、百人に一人の割合で存在するらしい。

「百人に一人なら、もっといい意味でその一人になりたかったな」と、場違いな思いが頭に浮かんだ。

医師と我々の間に、沈黙の時間が続いた。

やがて医師が切り出した。

「もうひとつ、可能性を探る検査があります。それは……」

医師の言葉を聞いた途端、全身に拒否反応が起こった。そこまで必要なのか? しかし、妻も一年にわたって、過酷な不妊治療を続けたわけだし、俺だけが諦めるわけにはいかなかった。

その検査とは、精巣内精子回収法という。局所麻酔で、陰嚢の皮膚を数センチ切開し、精子が存在しそうな精細管の組織を採取する。聞いているだけで、下半身に痛みが走る。

手術そのものは簡単らしく、時間は、約一時間程度らしい。

その場の空気は、やるかやらないかという選択肢ではなく、「いつやるか」という流れで、手術の説明を受けた。

世の中には、何の苦労もなく、自然に子供を授かれる夫婦もいる。それなのに、俺は今、人生最大の屈辱を与えられている。

妻にしてみれば、「私は責任を果たした。次はあなたが覚悟する番だわ」という風にも見て取れた。

手術当日の朝。カーテンの隙間から差し込む光が、やけに白く無機質に感じられた。

朝食は抜き。空腹が神経を逆撫でする。

大学病院に到着すると、ロビーには大勢の患者が行き交っていた。

手術の手順を看護師から聞き、慣れない手術着に着替えた俺は、別人になったような感覚に陥った。

「そろそろ時間なので、手術室へどうぞ」

若い女性看護師の静かな声に、ビクッと肩が震えた。

妻は、手術室の外で待っている。彼女の不安そうな顔を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられる。

医師や看護師は、全身に青い術衣をまとっており、緊張感に包まれている。わずかに覗ける目元だけでは、感情が読み取れない。

手術台に横たわると、眩しいライトが目を刺した。

下半身には麻酔が効いているはずなのに、メスが入った瞬間、ズキンと痛みが走る。

「いま、精巣から組織を採取しています」

医師の声が機械的に耳に届いた。