不妊治療を始めてから一年。あらゆる検査を経て、妻の体に問題がないとわかった時、医師は静かに言った。

「男性側に原因がある可能性が高い」

その一言は、自分が思い描いた設計図通りに生きてきた俺の心に、突然、巨大なひび割れを入れた。男性不妊の原因って……やはり、あれを調べるのか。

「自宅で採取して持って来ていただくか、医院のトイレで採取していただいても構いません」

ムードも何もない状況では体が反応しない。

医師にそう告げると、

「みなさんそうおっしゃいます。とっておきのビデオをご用意致しますので」

あまりに場違いな提案。俺の繊細な悩みを、ただの「性欲の欠如」に矮小化された気がした。

俺が求めていたのは理解だった。しかし、差し出されたのは、感情のない無機質な解決策だ。

「ご配慮、ありがとうございます」

医師の前で、作り笑顔を浮かべながら答える自分が、ひどく滑稽に思えた。

「こんな検査、これで最後にしよう」

その瞬間、俺の心は完全に閉ざされた。

次回更新は11月2日(日)、21時の予定です。

 

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