5 小碓とフタジ

二年の斎宮への奉職ののち、フタジたちは纒向の地に帰ってきた。大きな猪に遭遇して、間一髪のところで小碓に助けてもらったのは、帰ってからまだ一ヶ月足らずのことであった。宮中の行事もなく、小碓に会うこともできなかった。帰ってきたことを一番早く伝えたかったのだが、猪に襲われそうになった時に突然の再会ができたのだった。

それから数日の後のことであった。老女のマツノが、一心に機織りをしているフタジのところに駆け込んできた。

「フタジ様大変です、大変です。どうしましょう。ああ驚きました。びっくりしました」

「何ですか、マツノらしくもなく慌てふためいて。落ち着いて話してください」

「フタジ様、これが落ち着いて話せますか。あの小碓様とばったりお会いしたのです。

なんと私に言付けをされました。『明日の夕陽が二上山に暮れたころ、箸墓の池の大きな松のところに来てください』ですって」

フタジは笑いながら、機織りを続けながら尋ねた。

「それは面白いですね。それでマツノは明日小碓様に会いに行くのですか」

マツノは、平気な顔をしているフタジにやきもきしながら、

「フタジ様、私が行ってどうするのですか。フタジ様に伝えるようにいわれたのです。

しかも、あのお厳しいお母様など誰にも一切話さないようにと、きつくおっしゃっていました」

フタジの機織りの手が突然止まった。

「この前危ないところで助けていただいたので、改めてお礼を言わないといけないとは思っていましたが。何の御用かしら」

マツノは、フタジの心の奥底で小碓を慕っているのをよく知っていた。それが小碓に対する恋心だとはまだわかっていないようだった。

「小碓様のために一所懸命作られた着物のお礼を、フタジ様に直接おっしゃるつもりではないですか。ただお二人ともいいお年ですから、それ以上のことは私は知りませんよ」

と意味ありげにマツノは言った。

「そうですね。私の作った服をこの前着ておられたので、そのことを話したいのですかね。わかりました。明日の夜行きます」

フタジは納得した様子で、また機を織り出したのだった。

 

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