真魚はうなずき、椀を手渡した。男はふたたび椀に粥を満たし、真魚の手に収めた。二杯目の粥を食べ終え、真魚はようやく人心地がついた。
「さて、学生さん。暇潰しに旅の話をお聞かせ願えますか」
「旅というほど大層なものではございません」
「それでは、なぜ夜にもなって山道を歩いていたのでしょうか」
男の問いかけに、真魚はこれまでのいきさつをかいつまんで話した。
「これで話は終わりです」
真魚が話をしている間、目を閉じたまま黙って聞いていた男は首を傾げた。
「本当にすべてを話しましたか」男は真魚に問うた。「私にはそう思えなかった。すべてを腹蔵(ふくぞう)なく話しなさい。夜が明けるまで話しても構いません」
まるですべてを見透かされているようだった。真魚はふたたび話し始めた。
讃岐国より希望を抱いて上京したこと。官僚を育成するためのみに機能している大学に疑問を持っていること。この世の春を謳歌する都の貴族もいずれこの世を去っていくことに虚しさを感じること。からだの不自由な者や飢饉に喘ぐ者を救えぬことに苦しさを感じること——。
堰を切ったように思いが溢れ出し、言葉として吐き出すことで毒が抜けて晴れやかな心持ちになっていった。
「これで本当に私の話はおしまいです」
いったいどれほどの時間が過ぎたのだろうか。月は西へ傾いていた。
「どうです。さっぱりしましたか」男が微笑を浮かべた。
「はい。ありがとうございました」
「あなたは誰かに話を聞いてほしかったのですね。今、すべてを吐き出したあなたは、新しく生まれ変わりました。からだという器こそ変わりませんが、今この瞬間、あなたの中身は空だ。あなたはまだ若い。これから何者にでもなれるでしょう」
真魚は男の言葉に胸を打たれた。男の名を知りたいという思いが湧き上がった。
「失礼ですが、お名前を教えていただけないでしょうか。さぞ名のある方とお見受けします」
「何、名乗るほどの者ではありません。一介の沙門であります」
「そこをどうかお頼み申し上げます」
「なぜですか」
「わかりません」
「ほう。わからないのに知りたいというわけですな」