救急隊員が搬送の準備を始めた時に、西がクラブ活動を止めて、事故現場に来て「彼とは、小学校時代からの友人です。自宅も彼の家族のこともわかりますので、病院まで同行させてください」と救急隊長にお願いした。
救急隊長から「了解した。患者はストレッチャーで救急車後部から搬入しますので、後ろから乗車してください」と指示を受けた。
西は「わかりました」と言って、到着した救急車に乗車した。
救急隊員から「患者の意識が失せないように声掛けした方がいいかもしれない」と言われた。西は「声掛けしてみます」

救急車は、学校の正門から周囲の安全を確認して出発した。
正門には陸上部の顧問と教頭先生、その他学校関係者が無事に病院に到着することと、怪我の状態から一刻も早く病院に着いて無事に手当ができるように祈って、見送った。
救急隊長は防災無線を利用して、緊急指定病院の練馬区関町の田中脳神経外科に空きベッドがあるか確認した。
「こちらは、田無市消防所の救急車です。頭部に陸上の円盤が直撃して大量出血した患者を搬送中です。受入れできますか?」と病院に確認した。
「患者の受入れ、大丈夫です」と病院は救急隊長に返答した。
救急車の中では、西は昏睡状態の私の傍にいて、「意識を失わないように声掛けをしてください」と救急隊員から言われていた。
「マツ大丈夫か、聞こえたら返事をしてくれ」「マツ頑張れ、死ぬな」と声掛けをした。
私は、小さな声で朦朧とした状態で「ううう……」と唸り声で応えた。
「返事をしている。意識があるぞ!」隊員が言うと、西は「マツ頑張れ」と声掛けを続けた。
「ううう……」私は、唸り声を上げた。
「マツ、しっかりしろ!」と西が声掛けすると「ううう……」と唸り声で返答した。
隊員は「意識がある。朦朧とした状態で反応している」
西は、救急車の中で私の意識が失せないように声掛けを続けていた。
「マツ、病院はもうすぐだ。心配するな」
「ううう…」私は唸り声で返答した。
「頑張れ」「マツは絶対に助かる」と病院に着くまで声掛けを続けた。
保谷工業高校から練馬区の田中脳神経外科に、救急車は約九分で到着した。田中脳神経外科では、救急隊長の連絡を受けて、中田一郎外科部長と峰岸和子看護婦が待機していた。
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