【前回の記事を読む】部屋代を支払わない女が家主へ送った驚きのメール「あまりにも口出しと要求が多く、支払いを止めさせていただいておりました」

2、言わせてもらえば

(影山)

ああ、村木さんてまったくウザったいわね。いちいち返事をするのも面倒だわ。私だって一生懸命頑張っているのに、生徒がちっとも増えないなんて、どうしてかしら。きっとこの地域は生活レベルが低いのだわ。レッスン料が安いんだから、部屋代が少し遅れたって仕方ないじゃない。

後でまとめて払うわよ。あんまり口うるさく言うんだったら、生徒募集に協力してくれたっていいじゃないの。口先では「お役に立つためなら」なんて言ってるくせに、ケチ臭いのね。とりあえず今回は、彼にお金を借りて振り込むことにするわ。

それにまだ始まって間もないから今は無理だけど、もう少し経ったらレッスン料を値上げしようかな。とにかく初級ばかりじゃなく、上級レベルの生徒が増えれば、やり甲斐もあるし、私の力が発揮できるというものよ。

せめて十人以上になれば、いつかは『飛鳥ピアノ教室の発表会』も夢じゃないわ。でも、こんなんじゃ当分、それも夢のまた夢だわ。

そうだ、今度教室に来る前に神社に寄って、商売繁盛のお札を受けてこようかしら。こうなったら神様にでもお願いしなくちゃ。それから、こないだ彼に頼んでおいた広告の看板も張り出して、道行く人にもピーアールしなくちゃ。

追加の看板とのぼり旗も用意できたし、今度は私がいるときに宅配で送ることにしよう。まったく、何かと経費がかかるものだわね。

この頃、村木さんが二階にいる気配がないようだけど、出かけているみたいね。何だかお腹が空いてきたから、おやつでも摘まもうかな。

駅の自販機で買ってきたコーヒーもあるし、次のレッスンの子が来るまでは、まだ時間があって退屈だわ。ピアノなんて最初のさわりだけ弾いてみせて、子どもが楽譜通り弾けるように、指導してあげるだけ。今さら私が、人に聴かせるような曲を弾く必要もないし、終わったらさっと片付けて帰ればいいのよ。

今晩もきっと、彼が夕飯の支度をして待っていてくれるわ。私が料理が苦手なのを承知だし、ホント助かるわ。

彼は大工、いや建築士で、とても器用で何でもできるから頼りがいがあるの。バツイチだけど、優しくて、私とはなぜか馬が合うのよね。絶対に彼を離さないわ。家に引きこもって主婦業なんて、耐えられないわ。

だからこうして特技を生かして、ピアノ教室で働くことにしたのよ。生活面も彼の稼ぎで間に合っているから、私の貯金は崩さずに済むわ。当分このままで頑張るつもりよ。