これはリプリーが贋作者バーナードについて述べたものだ。なぜリプリーはこんなことを考えるのか。バーナードによるダーワットの贋作が、芸術作品(=虚実を超えて価値あるもの)だと信じているからだ。
リプリーの自宅の暖炉の上には、バーナードが描いたダーワットの贋作『椅子の男』がかかっている。その反対側の壁には、ダーワットの真作『赤い椅子』がかかっている。リプリーはこの二枚の絵が、一方が本物でもう一方が偽物だということをほとんど忘れているほどだったが、自分自身のことは偽物だと自覚していた。
『本来なら暖炉の上という光栄な場所は、ダーワットの真作である『赤い椅子』が占めるべきだった。一番いい場所に偽物(にせもの)を置くなんていかにもぼくらしいな、とトムは思った』(本書九七-九八頁)
リプリーは自分が本物ではないことを認めている。この自己認識は、自分は田舎紳士の仮面をつけ、虚業=詐欺で生計を立てている、という自覚と無縁ではないだろう。
一方バーナードは、敬愛するダーワットの贋作に手を染めてはみたものの、自分らしさの喪失とダーワットへの裏切り行為に苦しんでいた。
実はバーナードは、紳士同盟の仲間たちに内緒でマーチソンに会い、ダーワット作品が贋作されていることを匂わせていた。紳士同盟への裏切り行為だが、それほどまでに彼は行き詰まっていたのだ。悩みをかかえたバーナードがリプリーの自宅を突然訪問した。
二人だけの紳士同盟 その結末
どうやらバーナードは、自分が犯した罪のために発狂寸前だ。贋作を描くことをやめると言い出した。
リプリーはバーナードにマーチソンを殺したことを告白(リプリーは、他の仲間のエドとジェフには、マーチソンの説得に成功したとうその報告をしていた)し、死体処理を手伝わせて手を引けないようにし、共犯者の絆をより強固なものにしようとした。二人だけの紳士同盟が成立した。
しかし、いったんほころびを見せた紳士同盟はもとに戻ることはなかった。バーナードはリプリー宅から姿をくらました。数日後、ギリシャ旅行から戻ったリプリーの妻エロイーズが、地下室で首吊り人形を発見した。そこにはバーナードの置手紙が添えられていた。
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