杉野は、およそ人見知りということを知らない。東京に出てきて丸二年経っても、広島弁が全く抜けず、おまけに早口だ。

「おう、来たか、来たか。おまえら、有り金全部持って来たじゃろうの」

この日も、初対面の上原と山田に対し、まるで旧知の如く声をかける。二人は余りの馴れ馴れしさに瞬時たじろいで警戒し、不安そうに恭平の顔色を窺う。恭平は、黙ってニヤニヤと笑う。

杉野が巻き起こす、こうした光景を見るのが恭平は好きだった。好きなだけでなく、何故だか我が事のように得意気な、自慢したい気分にさえなってくるのだった。

「おい、ボケッと突っ立っとらんで、座れや」

まるで、この部屋の主は俺だと言わんばかりの態度に気圧され、二人はおずおずと腰を下ろす。

「こいつ、杉野言うんや。俺の高校時代の同級生で、陸王の商学部や。何でか知らんが、大学に入ってからサッカー始めて、レギュラーポジションは練習後の雀荘という奴や」

広島弁を遣うのは気恥ずかしく、かと言って不慣れな東京弁を遣う勇気はなく、地理的中間として関西弁もどきの訛りで紹介する。

「本川、おまえ、麻雀できたっけ」

気弱で神経質な上原が訊いてくる。

「俺が、今、教えた。デビュー戦と言う訳よ。ほいじゃけどの、恭平は何やらしてもシブトイけぇの、おまえらも気ぃつけよ」

早くも牌を掻き混ぜながら、杉野が応える。恭平は河に転がる牌を拾っては、不器用に並べる。

「郷に入りては郷に従えじゃ、ルールはお前らがいつもやっとるんでえぇよ。東東(とんとん)回しの完全先づけ、振(ふ)り聴(てん)リーチ無しの、一発ツモ裏ドラ有りのドラはネクスト。七対(ちーとい)は五十符(ごじゅっぷ)リャンハン。レートは……」

郷に従うなどと言っておきながら、結局のところ一方的に杉野が全てを決めて、ゲームは始まった。

上原が起家(ちーちゃ)になり、南家(なんちゃ)は山田、恭平は西家(しゃーちゃ)で杉野は北家(ぺーちゃ)だ。恭平は他の三人に遅れないように打つのが精一杯で、他人の捨て牌を観る余裕など全くなかった。

それでも「ちょっと待て、ちょっと待て」を連発しながら、聴牌(てんぱい)即リーチで二度ばかり上がり、配給原点を少し下回って半荘(はんちゃん)を終えた。杉野は大言壮語した割には大人しい展開で、山田に次いで二位につけていた。

 

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