父と遊んだ記憶はほとんどない。仕事をしていないときの父の行動パターンは二つしかなかった。ギャンブル。絵を描く。

父の夢は絵描きとして成功することだった。だが、父の絵は幼い博昭から見てもお世辞にも上手だとは思えなかった。

父はお金が入るとギャンブルをするために街に出た。博昭もよくつきあわされた。競馬、競輪、競艇、パチンコ、マージャン……。父はありとあらゆるギャンブルに手を出し、まるで人生そのものをひっくり返すかのように賭け事に熱中した。

賭けに負けると父は不機嫌になった。しょっちゅう癇癪をおこしては母と喧嘩をした。口の達者な母に言い負かされそうになると、父は暴れた。

暴れ始めると制御が利かず、あらゆる物を壊しまくった。グラス、お皿、食器棚、窓ガラス。そして……。母と博昭。

父は母を殴った。母の腕を包丁で切りつけたこともある。血が噴き出ている母の髪をつかみ乱打する父の顔は、まるで悪鬼のように映った。父の止まらない暴力から母を守ろうと、博昭は必死で足にしがみついたが、その行為はまったくの無駄であった。

空いている足で思いっきり蹴り上げられた博昭の鼻は直角に曲がった。フローリングの床は血で真っ赤に染まったが、母は警察を呼ばなかった。病院には行ったが、事故ということで済まされた。

「博昭。誰にも言うたらあかんで」

かがみ込みながら母は言った。その言葉を聞いたとき、博昭ははじめて母に殺意をおぼえた。

次回更新は10月7日(火)、21時の予定です。

 

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