【前回の記事を読む】閑散としたロビーのソファーに腰掛ける白髪の男──その姿は細身の肉食獣“コヨーテ”を思わせた
第二章
8
静かな店内に肉を切る音だけが響く。最後の一切れを咀嚼すると、博昭はナプキンで口を拭った。加瀬はすでに食べ終えている。目が合った。
「先日は大変でしたね。あの娘もよほどショックだったんでしょう。あのあと、病院に行ったようです」
「病院? どこの?」
「街の総合病院です」
「で、何だったんだ?」
「そこまではわかりません」
「連中は?」
「連中?」
「骸に決まってんだろ」
「今のところ見かけていません」
博昭は考えた。ということは、骸は今日子の居所までは知らないということか。それとも……。
「街が騒がしいようですね」
博昭は顔を上げた。
「渋谷ですよ。あなたに関係があるんでしょ?」
「だったら何だ?」
「仕事に集中してもらわないと困ります」
「おまえがやればいいじゃねえか?」
加瀬は首を傾げて微笑んだ。
「風間さんはあなたにお願いしたのです」
「知るか」と博昭は吐き捨てた。
「変更はありません」
「俺はあの女に目撃されてる」
「好都合です」
「何?」
「もうこそこそする必要がない」
「どういうことだ?」
「正直に話していただいて結構です」
「風間のこともか?」
「それは困ります。依頼主の名前は隠してください。守秘義務です」
「嫌だと言ったら」
「選択の余地はありません」
「俺に命令するつもりか」
「とんでもない。私は風間さんの指示に従っているだけです」
二人の男は睨みあった。