「工藤さん」
加瀬が右手を上げた。
「私は珈琲を頂きます。工藤さんは本当に何もいりませんか?」
博昭は問いには答えず、加瀬の顔をじっと睨んだ。店員はすぐに来た。注文を済ますと、加瀬は両手を組んで前傾姿勢になった。
「風間さんにはこのことは言わないように止められているのですが、仕方がありません。正直に言いましょう。風間さんがどうしてあなたに雨水今日子の監視を依頼したのか」
「もったいぶんじゃねえ。コヨーテ」
加瀬はほんの一瞬ぽかんとしたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「いいたとえですね」
加瀬は、くくく、と忍び笑いをした。
「確かに残飯漁りのような人生でした」
「そんなことはどうでもいい。で、何なんだ? 理由は」
「いや、すみません。あまりにもぴったりだったものですから。コヨーテか。工藤さん。あなた文学の才能あるんじゃないですか?」
「おい」
「あっ、失礼」
加瀬は再び、くくく、と笑ってから、大きく息を吸い、姿勢を正した。加瀬が真顔になった。そして、囁くような声でこう言った。
「風間さんは息子を死に追いやりました。実の息子をね」
博昭は言葉の意味が理解できなかった。実の息子を殺した?
店員が珈琲を運んできた。テーブルに珈琲が置かれ、店員が去る。
その間、二人は無言だった。加瀬が珈琲に砂糖を入れた。
「息子を殺したのか?」
「風間さんはそう思っています」
「それは本当の話か?」
博昭は尋ねずにはいられなかった。加瀬は肩をすくめて、「ええ」と答えた。
それから加瀬は語り始めた。風間家の物語を。
次回更新は11月3日(月)、21時の予定です。
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