【前回の記事を読む】正面入口の方が慌ただしくなった次の瞬間、一発の銃声が響き渡り、数人の男がなだれ込んできた。そして再び一発の銃声が鳴り…

(一)

解散した後、スージーはダウンタウンを案内することにした。清一が宿泊するホテルをダウンタウンに取っていたので、その周辺を案内するのが最適だと考えたからだった。

ストリートカーが走るノースウエストアベニューを下ってゆくと公園があり、多くの家族づれで賑わっていた。カラフルなテントがところ狭しと並んでいる前には小さな円形プールがあり、老若男女が涼をとっていた。円形プールの周りは芝生になっていて、数個の水撒き機が空に水を躍らせていた。

「清一さん、どう思う」

スージーが、名刑事らしさを呼び起こそうと囁いた。

「二人とも機内のトイレに入っているだろう。もし、犯行が行われていたとすれば、何か痕跡が残っているはずなんだが。最近、学会の方で何か発表されていない? 例えば、光線治療とか、遺伝子操作に関係したもので」

清一が、はるかかなたの山々に視線を向けながら言った。

この市場広場から見えるのは、ウィラメット川とそこに架かるバーンサイドブリッジ。そして、そのはるか向こうに連なるのがティバー山、フット山。その山々の上に顔を出しているのがセントへレンズ山。空の青と冠雪のコントラストがどこまでも続いていた。

「確か、ガス。そうよ、神経ガスかもしれない。衣服に付着したとすれば、皮膚吸収され、あとで重症化するんじゃなかったかしら」

「それじゃ、従来あったものとの相違点は」と清一。

「従来のものと違う点は、揮発性が高いのと、体内に入ってどのくらいで効果が出るか比較的正確に分かることだと思うわ」

「死因は、心筋梗塞と急性肺炎じゃなかった?」

「そうよ。ガス成分が同じでも、狙い通りにできない時があるのかもしれない」

信じられないという表情のスージーが、言った。科学の日進月歩にはとてもついて行けないといった感じだ。

「もしそうなら、遺体の再検証が必要になると思う」

清一は、視線をウィラメット川に向けたままで言った。もし、そのような殺害手段があれば、捜査方法を変えなければならないと考えてのことだ。

「スージー、きみは別の事件を追っているんだろう」