上流からやってきたモーターボートがバーンサイドブリッジを通過したところで、清一が訊ねた。
「そう。私は別の事件の捜査をしているんだけど、なかなか尻尾がつかめなくて……。そんな時FBIのガブリエルから連絡が来て、ポートランドに来たの。聞けば、日本人が関係しているというので、名刑事を引っ張り出したというわけ。ごめんなさいね。こういうことでもなければ、清一さんに会えないから」
スージーが、緊張感から解放されたような声色 (こわね)で言った。
暫くの間、清一の視線は、ウィラメット川の水面から離れることはなかった。今は、モーターボートも姿を消し、ただゆっくり流れるだけだが、かえってその無表情が清一を惹きつけていた。何事もなければ、ウィラメット川はコロンビア川に合流し、太平洋へ注ぐ。
突然、ホーソー橋の方から大型クレーンの甲高い金属音が響き渡り、清一は我に返った。時計は十七時を回っていて、広場からは笛、太鼓の音が消え、人影もまばらになっていた。しかし、ポートランドでは明るさがまだまだ続いていて、この時間になったからと言っても、一気に夕闇が迫るという感じはしなかった。
二人は、二キロメートル離れたところにあるハリオットホテルまで歩いて行くことにした。所々で道路工事が行われていて、仕切りフェンスが二人の会話の邪魔をした。広場や商業施設の明るい照明が途切れて、住宅地のやわらかい灯の中を歩いている時だった。
「危ない」
スージーが清一に抱きついた。
「……」
抱きつかれた清一は、無言のまま周囲を見回した。しかし、注意してみても二人に危険が及ぶようなものは、何もなかった。
「何か気になることでも」
清一は、スージーの戯れかもしれないとも考えたが、念を入れて聞いてみた。
「ライトが、私たちを狙ったような気がして」
スージーが、強ばらせた体を清一から離しながら言った。すれ違ったバイクのライトが、スージーには突っ込んでくるように感じたようだった。
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