くるみの想像も及ばないが、そういうこともあるのだろう。笹川の言葉が、急に現実感を帯びてくる。もう彼に対して仏のようだという的を射ない発言はできないとさえ思った。

「それでも、くるみさんの方がつらい思いはいっぱいされているだろうなという想像もつきます。それは僕が、くるみさんよりも世間の『スタンダード』に近いからです」

「『スタンダード』ですか……?」

「はい。僕が死角を見ようと努力をしないときに見える景色がだいたい多くの人と重なっているという意味で言えば、ですが……。すなわち、『成人男性であって、働いていて、健康』などという私の属性が、世間が想定している労働人口と一致するだろうということです」

そこまで言われて、笹川が『くるみが会社で理不尽な目にあった』ときにだいたいどんな理不尽な目にあったのかを予想してこの話題を出したのだと気づく。

「だから僕が感じる理不尽に気付ける人より、くるみさんが味わう理不尽に気付ける人の方が少ないと思うんです。だから僕は、できるかぎりくるみさんが感じる理不尽をなくしたいと偉そうなことを思ってしまいました」

ようやく、くるみの心をざわつかせていた荒波が、少し落ち着いた気がする。

次回更新は10月2日(木)、11時の予定です。

 

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