くるみは自分の言葉が、不躾だったように思えた。笹川は確かにどんな悪意を向けられても相手を許し、その心を癒やす能力でも持っていそうに見えたが、どんな人間であってもそうはなれない。いろんな葛藤や、いらだち、焦燥も感じることがあるだろう。
「僕は仏にはなれませんが、結果としてそれでよかったと思っています」
「どうしてですか?」
「理不尽な思いをするそのたびに、どこかで同じような思いをしている人がいるかも知れないと思い直せるからです。そのたびに、同じような境遇にいる人を不幸にしないことが自分の使命だと」
「……同じような境遇にいる人を不幸にしない……」
自分が理不尽な思いをしていても、他人を思いやれる笹川を素直にすごいと思う。しかし笹川は、すぐに言葉を重ねてくる。
「とはいえ、僕がそう気持ちを切り替えられるのは、理不尽な思いをすることがくるみさんよりも少ないからかもしれないです。毎日のように理不尽を強いられていたら、また違ったのかも知れません」
「……そう、ですね……」
笹川がなんとかくるみの心の凹みをなおそうとしてくれているのはわかる。しかし、この話が話題のテーブルに乗っている間は、しばらく気持ちを切り替えられそうにない。
「……暗い話題ですみません。なにか、違う話にしましょう。何がいいかな……」
くるみがそう言うと、笹川もそれを受け止めて話題を探しているようだった。視線が公園のあちこちに飛ぶ。だったら、今聞いておきたいことがあるとくるみは思った。
「……聞いてもいいですか」
「はい、なんでしょう?」
「笹川さんも、同じように理不尽な思いをしたことがあったんですよね……?」
「それはもうたくさん。助教はあまり社会的に地位のある立場ではありませんし、さまざまな派閥争いもあります。一部の人の意向を、『大人の事情』であるとして個人の意見を黙殺するところも見てきました」
「……そう、ですか……」