不在によって彼の存在の崇高さは数段も高められ、私は愛しさを募らせる。まるで若い子や主婦たちが「推し」について考えるように。私の心に、夫は瑞々しさを与えてくれる。

夫に私の分身を見て、私がしたくてもできないような自由な生き方をさせるのと似た感覚で、米ちゃんには恋愛を依頼している。私がしたくてもできない恋を。

JAPANESE的倫理観と遠い女

「先輩ももうそろそろ司さんに愛想を尽かしても良い頃だと思うんですよね。どういう頭の構造で、なんで先輩はそんな風でいられるんですか」

「まあね、これが倫理観ってやつよ」

「いや、私の周りで恥ずかしげもなく日常会話で『道徳的に』とか『私の倫理観の範疇で』とか言う人、先輩を除いて皆無ですからね」

先輩を縛る、この信念というか固定観念はなんなのだろう。

「私はね、不倫や浮気を否定する気持ちは一ミリもないわけ。世間が不倫や浮気を否定するのって、きっと自分がしたくてもできないことを他人がしているから。そういうのが一番癇に障るのよね。特に現状に満足していない人間にとっては、目障りでしかない。

だけどそもそも、そういうチャンスが自分に訪れてないだけなのよ、本当は。もし絶世の美女が告白してきたり、超絶イケメンが手を握って潤んだ目でじっとのぞき込んで肩を寄せてきたりしたとして、揺らがない人がいると思う?」

「えー、そりゃあいるんじゃないですか」

「私にはそうは思えないのよ。誰だって、目の前の恋人が、夫が、自分にとって最高で唯一の存在だなんて、そんなことないでしょう。そりゃあ出会っているか、出会っていないか、ただそれだけのことで、出会える人の数は限られているから、その中で少し上位だとかその程度なの。

それを不倫やら浮気やらって言葉を使って、いかにもしてはいけないことをしているように言うけど、本当にみんな、何があっても他の誰かを好きにならないんですか? 新たな恋の芽は、結婚した人には一生絶対生えてこないんですか?って思うわけよ」

先輩は妙に熱っぽくなって語る。

次回更新は9月29日(月)、19時の予定です。

 

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