どれくらい時がたったのだろう。赤べえはまた、みおぼえのある砂浜によこたわっていた。
―死ななかったのか―
がっかりした。いっそあのとき、ひと思いに死んでいたら、どんなによかっただろう。悲しみと疲れで、じっとよこたわっていると、カモメたちがあつまってきて、体をつつきだした。
「えさじゃないぞ。あっちへいけ!」
声にならない声をあげて、両手をふりまわすと、鳥たちはおどろいて舞いあがった。体じゅうが火のように熱く、太い針でつつかれているように痛む。日はもう暮れかかっていた。赤べえは、石のように重い体をひきずって、また松林にもどっていった。
つぎに目をさましたときには、日は高くのぼっていた。体はあいかわらず痛んだが、もう熱くはなかった。すると腹の虫が、はげしく鳴きだした。赤べえは、ひどく悲しかった。
―ああ、生きるということは、なんてつらいことだろう。だが、もう死ぬわけにはいかない。鬼が自分で命を絶ったら、きっと地獄に落ちて、地獄の鬼たちに未来永劫に責めさいなまれるだろう……ああ、いやだ。
もうだれかを苦しめたり、苦しめられたりするのは、たくさんだ。それぐらいなら、いっそ、ここで、このままで、生きているほうがましだ― 涙があふれてきて、手で顔をおおった。それでも腹は、グーグーと鳴っていた。
―だけどなあ、腹の虫がこんなにさわぐんじゃ、うるさくて、よこになることも、死ぬことも、できやしない。しかたがない、起きて食いものをさがしにいくか。いいか、赤べえ、いち、に、の、さん、で起きるんだぞ。いいな、それ、いち、に、の、さん―
自分で自分をふるいたたせて、どうにか起きあがったが、そのとたん、いっそう悲しくなった。またこのあいだのように、鳥が落とした魚だのワカメだのをひろって食べて、つぎの晩まで、木のうろでじっとねているのかと思うと、情けなくってたまらなくなったのだ。
―もうあんなみじめな暮らしは、まっぴらだ。それぐらいなら、いっそ人間から食いものを奪うほうがましだ。それにしても、この体じゃ、こんどこそ人間になぶり殺されてしまう……
しょんぼりと、頭をかかえて考えこんでいたが、とつぜん顔をあげて叫んだ。
「なんだ、かんたんじゃないか! またつのをつけて脅せばいいんだ! そうすれば、なんでも思いどおりになる! それになにより、大手をふって島にかえれるじゃないか」うれしくて大声で笑いだしたが、その声はすぐにきえてしまった。
―やっぱりダメだ。ここに鬼がいるという噂がたてば、仲間たちが、雷光の一味がいるといって、退治にくるにきまっている。
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