【前回記事を読む】今まで兄と呼んでいた人と結婚させられる…戦後の嫁入り事情。「母ちゃんから義父ちゃんに言ってよ」と訴える娘に母は…

「もはや戦後ではない」

忠助が亡くなった翌年、徳一に嫁がやってきた。

隣町の農家の長女で、泰子と言った。色白で眼鏡をかけていた。

千津は徳一の嫁を「あねさん」と呼んで、すぐに懐いた。

この地方では、嫁は家の終い風呂に入ることが当たり前、とされていた。

家事を一通り済ませ、他の家族が風呂に入り終わるのを待つ間、泰子は繕い仕事を広げながら、昼間の疲れからいつも居眠りをしていた。

五年になった初夏のある日、その泰子が突然、始業前の教室にやって来た。

「千津ちゃん、ちょっと」

と手招きをし、自転車の後ろに彼女を乗せて、家に連れ帰った。

朝、たらいで洗濯をしていたつねが、千津の下着に赤いものを見つけたのだった。

つねが、手当の仕方を教えている最中も、千津は自分が「女である」という宣告を突然突きつけられた状態に、戸惑っていた。

「月のもの」

家の女たちが話をしているのを耳にはしていた。つねが部屋の隅で、変な仕草をしているのを目にしたこともあった。

でもそれが、女に毎月訪れる生理現象であると、きちんと教えられていなかった。何の心構えもなかった。

授業に間に合うよう急いで学校に戻り、何事もなかったかのように振る舞ってはいたが、勉強の内容はさっぱり頭に入ってこなかった。

自分はもう、昨日までの自分とは違う人間になってしまったのか、仲良しの友達はどうなのか、どうしているのか、気になって仕方なかった。

でもこのことを、周りに自分から聞いてみることはできなかった。女として自分は、一歩前に踏み出てしまったという戸惑いがあった。

それからというもの、つねは千津がわがままを言い、言われたことを守らないわめでいると、「一人前の女になったくせに」と喚いた。

男の兄弟たちにも聞こえるような大きい声で騒がれ、千津はショックを受けた。

そして無神経な振る舞いをする、つねのことが嫌いになっていった。

小学校の高学年用の便所で、ちょっとした事件が起こった。 男女共用の、汲み取り便所で、「下から赤い手が見えている」と一人の男子が言い出し子供たちが集まって騒ぎだした。

それを聞きつけた先生たちが、便所まで来て、調べて回った。

「何なの、一体」

「怖いよ、もうここの便所に入れないよ」

という子供たちの訴えに、先生たちは目で合図を交わしながら、

「大丈夫だよ、何でもないから」

と言って、出て行った。

その場に残っていた子供たちは、訳がわからないまま互いに顔を見合わせた。