千春はいつも、くるみに会って元気にしていたことを母に伝えてくれていた。母は心配性なくせに、高校までであまりくるみとのいい思い出がないことを自覚しており、妙に距離感を気にしているのだ。
それはくるみの胸の手術のことが一因としてある。くるみが14歳で、当時23歳だった千春は、よりくるみの思春期がゆえの羞恥心や、母親が実の娘よりも他人を信じてしまう謎の他人信仰があることを何より理解していたのだ。自分もその生贄になりながら、自分より幼いくるみをかばってくれたのだろう。
『別に、お姉ちゃんが謝ることでもないでしょ。それより、また忙しくなるんだね? 少しは落ち着いたってこの間言ってたのに』
『そうね~……来月から、予定してもなかった新人が入ってくるんだって。まったく、そういうのは早めに言ってほしかったわ』
オフィスに到着し、くるみは自分のデスクに座る。パソコンを立ち上げ、すぐさまメールのチェックに入った。
「お、水瀬。来てたのか」
「おはようございます。昨日確認をお願いした受注書、見ていただけましたか?」
先日上司に提案書を出した大手クライアントに見積もりを提出したら、先方から即時受注の連絡があり、昨晩のうちに上司に受注書を出していたのだ。
「その件なんだが、受注書には何の問題もなかった」
「よかった……」
「で、その担当を篠田にしてやれないかと思ってな」
「え……? 私じゃなくてですか?」
上司の口から出たのは、くるみと同い年で同じ課に属する男性の名前だった。中途採用で入社したと聞いている。特に成績が優秀なわけでも、取り立てて大きな成果を上げたわけでもない。くるみは自分のことを棚に上げたら、彼のことを平凡な社員だと思っていた。会社に飼いならされている、自分と同じ種類だと。
次回更新は9月18日(木)、11時の予定です。