「そういえば、前にお母さんと回転寿司いった時なんかよ、たしか十五皿も食べてたもんな。さすがの俺も驚いたよ。具合わるくなんじゃねぇかと思ったぜ……」と、百二十キロの巨漢にそう言われ、母は嬉しそうに笑っている。
「ブロッコリーは身体にいいんだぞ。ビタミンCとかビタミンなんとかがいっぱいでさ、免疫力を上げるんだってよ……」と、母の口へ入れた。「ブロッコリー、いらない。あんまり好きじゃないんだよ!」と、言うそばから、兄はまた大きなヤツを無理矢理口に放り込んだ。
まるでコントのような光景だが、次の瞬間、母は目にいっぱいの涙をためていた。兄の気持ちが嬉しいのか、それとも、今の自分の状態を情けなく思ったのか、あるいはその両方なのか……。
母はブロッコリーと肉を大口に頬張り、兄は母の口と目を拭いながら、ボロボロこぼす飯つぶを拾いつづけた。弁当箱のゴミを片付けようとすると、食べ物を残す事を何より嫌う母が「もったいないよ……」と、今度は兄の口にブロッコリーを捻じ込んだ。
兄は「これまた恐ろしく不味いブロッコリーだなぁー。実は俺もこれ嫌いなんだよ……」と、苦笑い。そして、親子で泣き笑い……。
*
「とにかく元気になってよ。お母さんさー、今の日本の平均寿命っていくつか知ってるか……、八十七歳だぜ。せいぜいそれくらいまでは長生きしてくれないと……。お母さん、今いくつだい……」
「三十九歳だ」
「あーそうか、だったら尚さら頑張らないと……、あんた、俺たちの老後の面倒みるって言ったんだからさぁ……」
「それが、変更になっちゃった……」
「バカ言ってんじゃねぇよ、変更なんて許さねぇぞ……」
「だから、お母さんの残った寿命、お前たちにやるから、仲良く分けてちょうだい」
祖母は八十八の米寿を祝った後に亡くなった。だから、「その歳は超えなくちゃ……」と、前に母を元気づけたことがある。
でも、もうそんな贅沢は言わない。だが、せめて……。
「せめてあと五年、否、三年でいいから俺たちのそばにいてくれ……」。
私は言葉を吞み、思わず下を向いた。