【前回の記事を読む】今回の藩主への謁見により雄之助は家老である岡本安尊の娘婿として認められ、中小姓書役見習いとして出仕することになった
第一章 プロローグ
「過分なるお言葉、恐縮でござる」
と、雄之助は、はにかんで見せた。太田は岡本家が代々の名門であることや、雄之助の若奥は気立てのよい女子(おなご)であるとか一通り世辞を述べた後、
「それでは、そろそろ本題へ……」
と、件(くだん)の四つ目袋綴(ふくろと)じの冊子を雄之助の膝の前に差し出した。雄之助は興味津々(しんしん)に覗き込んだ。
「年中行事、でござるか」
と、表紙の外題(げだい)を読んだ。太田は意味ありげに頷くと表紙を捲(めく)ってみせた。冒頭に「正月 朔日(さくじつ)」とあり、一つ書きが二項目と、その横に注意書きのようなものが朱も交えて書き込まれ、冊子全体に幾つか付箋(ふせん)も見える。
「先ず年明け正月元日から始まる。その日の殿のご予定や用人役の用向きが書かれ、召し物や謁見される相手とそれに使う部屋が事細かく示されておる。次丁から数丁に亘って元日におけるその他の行事が書かれ、次に二日以降の日課が載せられ、それが二月、三月と続き、十二月に至る」と、概要を説明した太田は少しの間を置いて、
「我ら用人の手引きである」
と、冊子に目を落としながら意味深げに言った。ほう、と、雄之助は息を漏らした。用人の下で働く自らの用向きが具体的に分かる手引きと理解した雄之助は、益々興味が湧いてきた。
「そこもとの正式な出仕は翌正月からとしておる。この綴(つづ)りを貸し置くので、これに目を通して行事の流れを大まかに把握しておくように。但し、同輩より手取り足取り引き回しがある故、心配無用」
と、太田から指示と励ましを受け屋敷を辞した。陽が傾き空を覆い始めた鈍色(にびいろ)の雲から深々(しんしん)と雪が落ちてきた。雄之助は待っていた中間の治助(じすけ)にねぎらいの言葉を掛け、二人で足早に自宅を目指した。