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早川達也は橘美春が入社したベンチャーIT企業の新入社員研修担当だった。もちろんベンチャー企業の常として、研修担当だけやっていればいいわけもなく、日中は研修業務に当たり、夕方から自分の本業であるシステムエンジニアとしての仕事にやっと取りかかれるという毎日を過ごしていた。

身長は百七十センチほどで、やや小太りだったが、愛嬌のある細い目は、笑うとさらに細くなり、優しさが滲み出てくる。しかし、仕事には厳しく、美春はよく𠮟られていた。

まわりの社員はラフな服装で働いていたが、達也だけはいつもスーツにネクタイ姿だった。美春には達也がまわりの社員とは別格の存在に見えた。一度理由を聞いてみると、「やっぱり研修担当者は形だけでもしっかりしておかなくちゃな」と目を細めて笑った。

美春は達也の仕事にひた向きな姿勢を尊敬し、いつしか憧れを抱くようになった。

研修が終わると、達也は美春の直属の上司となった。

「俺は徹底的にお前を指導するからな。研修時代みたいに甘えられるなんて思わないでおけ」

美春は喜んで、その言葉を受け取った。

沙也加とは部署が別れたが、会社帰りにはよく会って、お互いの部署の情報交換や実のないくだらない話をした。

「美春はもう彼氏いるの?」

「そんなのいないよ」

「好きな人くらいいるんでしょ?」

「それはまあ……。沙也加はどうなの?」

「私、今総務部の渡君と付き合ってるの」

「へえ、そうなんだ。うらやましいな」

「積極的に行かなきゃ駄目よ。今の男は告白を待ってるから。渡君だって私のことを好きだったって、こっちが付き合ってくれって言った後にやっと言ったんだから」

「そんな人はイヤ」

「わかってるよ。美春は達也先輩みたいにシャキッとした男らしいタイプが好きなんだよね」

「えっ、どうしてわかるの?」

「だって、美春って達也先輩のことをいつも見ているんだもん。わからないわけないよ」

「達也先輩も気づいているのかな?」美春は顔を真っ赤にして聞いた。

「ああいうタイプの男はそういうのにはまったく気づかないわよ。だから、美春から積極的に行かなきゃ」

「私には無理よ」

「なんかじれったいな。好きなら好きって言うのは当たり前のことだと思うけど。私が言ってあげようか?」

「やめて。だって、達也先輩ってモテそうだし、断られたら会社に出て来られなくなっちゃうよ」

「弱気ね。でも美春だって充分美人なんだから、もっと自分に自信をもったほうがいいよ」

美春は達也に会えるだけで幸せだった。毎日会社に行くのが楽しくてしょうがなかった。

達也が転職を決めたのは、美春が入社して二年目の夏だった。成績優秀だった達也は大手IT企業にヘッドハンティングされたのだ。