【前回の記事を読む】「あんな事故さえなければ…」うつ病復帰マニュアルで、週3勤務に。席につくだけで、視線を感じるように…
あなたの子供が生みたかった
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「えー、早川達也君は私が会社を立ち上げた年に新入社員として入社し、優秀な成績をあげ、我が社の業績発展に努めてくれた恩人と言ってもいい社員でした。もちろん我が社のこれからのさらなる発展に必要な人材であり、今回の退職については、私も大変なショックを受けています。
しかし、早川君には早川君の人生があります。私としましては、早川君のこれからの活躍を期待しています。残ったみんなも早川君の分まで頑張ることで、早川君の会社のライバルと呼ばれる存在になれるよう努力を積み重ねていこうじゃないか。今日は送別会ですが、さようならではなく、ありがとうの言葉で、早川君を見送ろう」
全員のグラスにビールが注がれたのを見て、
「それでは、早川君の未来に乾杯。ありがとう」乾杯の声が会場を包んだ。宴もたけなわになったとき、突然達也が立ち上がり、大きな声を上げた。
「発表したいことがあります」
まわりが一瞬で静かになり、みんなの視線が達也に集まった。
「お前らが俺と美春が付き合っているんじゃないかって噂していたことは知っていた。しかし、事実として俺と美春は付き合っていなかった。俺たちの関係は上司と部下、ただそれだけだった」
場が一段と静まった。美春は淋しくなって下を向いた。
「しかし、これからは上司と部下の関係ではなくなるわけだ」達也が真剣な目で美春を見た。
「だから今、俺は告白する。美春、俺と付き合ってくれ」一瞬の間があいたあと、ドッと歓声があがった。
美春は達也の顔を見ることもできず、レモンサワーをかき混ぜながら、小さくうなずいた。
「キス、キス、キス」
どこからともなくキスコールがあがった。
「馬鹿野郎。お前らの前でキスなんてするわけないだろう。キスが見たけりゃ結婚式に参加しろ。なっ、美春」
美春の瞳に涙があふれていた。隣に座っていた沙也加がハンカチを差し出しながら、
「良かったね」
と耳元で囁いた。
大盛り上がりのうちに送別会は終わった。男の同僚や部下が達也を引き連れて二次会へと向かった。
「行かなくていいの?」沙也加は聞いた。
「うん」
美春は小さく頭を下げた。
「沙也加、二人でお茶でもしよう?」
「なあんだ。こんな仕掛けがあったとは」沙也加が笑った。
「美春も共犯だったの?」
美春は赤かった顔をさらに赤くして、「そんなわけないじゃん。私だってびっくりしたよ。達也先輩が私のこと好きだったことも知らなかったのに」
「美春は鈍いからね。会社の人なら誰だって達也先輩が美春のこと好きだって知ってたよ」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって。だから今日、最後の日にサプライズを仕掛けたんじゃない」
「でも、嬉しいっていうよりビックリのほうが大きくて、まだ実感が全然湧かないんだよね」
「きっとお似合いのカップルだよ。絶対にそう思う。うらやましいなあ」
「渡君とはうまくいってないの?」
「根性なしっていうのか、草食系っていうのか、積極性ってものが全然ないのよ。まあ、最初からわかっていたことなんだけどね。ゴールデンウィークはどこ行くって聞いても、もじもじしながら『どこでもいいから沙也加が決めて』よ。嫌になっちゃう」
「そんなところが逆に合ってるのかもしれないよ」
「そうかな? それならそれでいいんだけど」
「でも、あんな席で断われるわけないよね。達也先輩って案外意地悪なんだ」
「だって断わるわけないじゃない。達也先輩だって美春の気持ちを知っていたからこその告白なんだから」
「なんか酔いが覚めちゃったね。今日はもう帰るよ」
「じゃあ、またね」