【前回の記事を読む】毎日のように植物図鑑とにらめっこしている息子を「頭が狂っているのではないか」と将来を心配する両親。でも婆ちゃんは違った
二 清水の爺ちゃん高校の先生になる
さらに、藤本先生は、自分が数学好きになったのは、当時、世界の数学界で天才と呼ばれた「岡潔(おかきよし)博士」(奈良女子大学教授)のおかげだと話してくれた。数学の著書(ちょしょ)まで見せてくれた。
「岡先生は数学の巨人、数学の神だ。数学の素晴らしさを知ったよ」
数学の藤本先生は、清水慎太郎君の山野草好きは知っていた。数学(すうがく)の才(さい)もある清水君の将来(しょうらい)を考えた場合には、中高の数学の教師になったほうが、現実的(げんじつてき)で得策(とくさく)ではないかと考え、「清水、大学では数学を勉強してみたらどうだ」とアドバイスをしてくださった。
藤本先生の風貌(ふうぼう)は、岡先生の著書に載(の)っていた写真にどこか似ていた。
「数学はいいぞ。数学は、嘘(うそ)をつかない。普遍性(ふへんせい)がある。今は民主主義社会(みんしゅしゅぎしゃかい)だ。多くのことは多数決(たすうけつ)で理処(しょり)される。ところが、数学は多数決では決まらないよ。君の性格(せいかく)にぴったりだ」
慎太郎は、迷(まよ)いに迷ったが嬉しかった。
でも、自分の数学好きは、本質的(ほんしつてき)なものではなく思えた。
藤本先生にアドバイスを受けた慎太郎は、岡先生の鶴(つる)のようにやせこけた風貌(ふうぼう)が「知(ち)の巨人」、「知の塊(かたまり)」、言わば、我が国の「知」を象徴(しょうちょう)しているように感じられ、思わず吸い込まれるように憧(あこが)れを深めていった。
でも、よく考えて見るとスポーツ少年が、巨人の四番バッター「川上哲治(かわかみてつはる)」に憧れるのと何ら、変わりがないようにも思えた。
若い慎太郎にとって人生の岐路でこれほど迷うことはなかった。
やはりキヨノ婆ちゃんも好きな山野草の魅力(みりょく)を断(た)ち切(き)ることはできなかった。