【前回記事を読む】鋭い刃が振り下ろされた――が、徐々に意識が戻ってきて、肉体から離れた場所に浮かんでいる…【第一章黒百合の祭壇】開幕!
第一章 黒百合の祭壇
しかし今、熱くて暑いのは何故(なぜ)なのか。
祭壇の脇(わき)に立てられたたくさんの蝋燭(ろうそく)の炎のせいか。
頭部、そして顔と首が焼けるように熱くチリチリとしている気がするし、いつもは冴(さ)えわたる思考が、今はかなりぼんやりとしている。それでも身体はとても軽く感じられ、ふわふわと空中に浮き上がる紙提灯(かみちょうちん)にでもなったかのようだ。これまでの人生で最も軽やかで穏(おだ)やかで解き放たれた気分だ。
さっきまでは胃がはち切れそうなくらい満腹で胸もつかえて呼吸もままならず非常に息苦しかった。久しぶりの肉を貪(むさぼ)る獣(けもの)のごとく一心不乱にほとんどの料理を食い尽くしてしまったことをとても後悔していた。
それにしても不思議だ。簡素な食事で済ませる日常であったのに、これまでに見たこともない豪勢な料理を次々と、なぜ今日に限って私に配膳(はいぜん)されたのか。
記憶を少し遡(さかのぼ)ってみるとする。
確か私は、普段よりもさらに濃厚で刺激のある甘い香(こう)の香(かお)りに酔いしれていた。次第にくらくらとめまいがして、食事の途中で匙(さじ)を手から落としてしまったのだった。気分はとても良かった。何とも表現し難いのだが、湧(わ)き上がる多幸感と、悦楽(えつらく)、恍惚(こうこつ)、そんな感じだったろうか。
浮遊する私の意識がふと地面を見下ろした。
そこには、さっきまで食べていたご馳走(ちそう)の膳(ぜん)がまだ残されたままだった。
祭壇に目をやるとそこには、鋭利(えいり)な刃(やいば)の石斧(いしおの)が様々な供物(くもつ)とともに祀(まつ)られていた。
仕事を終えた石斧の刃先(はさき)は汚(よご)れ、蝋燭の炎に照らされて鈍(にぶ)い光を放っている。その横に麻布(あさぬの)が掛(か)けられた塊(かたまり)が一つ転がっていた。
じわじわと赤い液体が染み出しゴワゴワとした麻布を染めていき、やがて深紅の薔薇(ばら)の模様を描いた。その物体の際(きわ)からは同じく濃い赤色の液体が流れ出てきて、洞窟の岩を組んでこしらえた硬く冷たい台座に、大きな血溜(ちだ)まりを作った。