プロローグ 玉響
星もなく月もなく、闇夜よりもさらに暗く奥深い、屋外なのか屋内なのかさえも判断し難い密やかな静寂さ。今 認識できるのはただ「無」が「在る」ということ。
もし嗅覚があるならば、きっとペパーミントやホワイトセージ、クローブ、シナモンなど鼻をつんと刺すような香りがするだろうし、触覚があるならば、少し湿った地面とその空気をひんやりと肌に感じることだろう。
しばらくすると、この「無が在る」場所に、ぼんやり仄明るい一角が現れた。少しうつむき加減で立つ「人のような白い物影」とともに。
(水鏡……?)
一見すると井戸の役割のためにそこに在るようにも思われたが、地下水を汲み上げる井戸とはかなり形状が異なっている。
なぜならその縁のほとんど際まで水が張られているからだ。それは、ゴツゴツとはしているものの、人の手で何とか運べそうな大きさの岩石と、黒ずんだ粘土質を含んでずっしりと重い岩石とで、きっちりと隙間なく器用に組まれ、その最上部の縁には艷やかに研磨された大小様々な水晶が施されている。
それらは丸に近いものや円錐形のほか、うごめく芋虫達のあらゆる瞬間をとらえ表現したような形状のものもあり、人工的でありながらも生命の活力を視覚的・触覚的に感じられるように計算し表現されている芸術品にも見える。
ぼんやりと仄明るい光の源は、水面と水晶玉に「人のような白い物影」が発する微弱な輝きの反射であるようだった。この物影は人型であろうと推測できる。
というのも、注意深く見てみるとそのシルエットから、まず頭部があり胴体があり四肢もあるように感じられるからだ。