どうやらその人型存在は決心を固めたようだ。(つや)やかな水晶の縁取りに両の手のひらをそっと乗せ体重をかけ、おそるおそる水面を(のぞ)き込んだ。

(やはり水鏡だ)

するとその人型存在自身の顔がそこに映し出された。はっと息を呑み一瞬呼吸が止まり、水晶の縁取(ふちど)りを掴んだ両の手にさらに力が()もる。

「これはわたしなのか」

水面に映し出された自身の姿をじっくりと観察し始めた。

戸惑いに揺れる灰紫の大きな瞳に長い睫毛(まつげ)、すっと整った鼻梁(びりょう)、血色を失った淡い色の唇。白磁(はくじ)のような(なめ)らかな肌は美しくも(はかな)げだ。

頭部には複雑な作りの(かんむり)を頂いていて、それは一見華やかで希少な装飾品にも見て取れるが、まるで世のあらゆる要素を含んだ因縁(いんねん)めいた呪物(じゅぶつ)のようでもある。

額の真ん中に触れるように配置されている大きめの石は、現世では存在し(がた)い幻の輝石(きせき)──水を内包した深紅の瑪瑙(めのう)だ。

眉間の少し上に小ぶりの石が垂れ下がりきらきらと(きら)めいている。優美な稜線(りょうせん)を描く(つた)のアラベスク模様が彫られた銀製の土台には、その他にも幾つもの小粒の石が散りばめられていて、強さと弱さの両極端を兼ね備え、微妙に均衡(きんこう)を保ち続けている。


※瑪瑙…帯状の模様を持つ半透明から不透明の石英(せきえい)(=クオーツ)の一種。火山活動などで生じた岩石の空洞に水が浸透し、長い時をかけて結晶化することで形成される。

※アラベスク模様…イスラム芸術に見られる装飾的なデザインの一種。唐草などの植物の(つる)、葉、花の図案、幾何学図形などが多く、左右対称で連続性が重視されている。

 

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