ここからはこの「物影」を「人型存在」と呼ぶことにする。その「人型存在」はおそらく、この水面に用があってここにいる。

しかし、それ以上のことは何も思い出せないようだ。いつからそこにいるのか、何のためにそこにいるのか、自分の名前も、姿形も、性別すらも覚えていない。

その(たたず)まいは人らしからぬ様子をしている。身体から(わず)かな光を発し、重ねた白の薄衣(うすごろも)(かす)かに揺れなびくことで、半透明に見えている。

白銀のサラサラとした髪は細い腰まで届き、その人型存在の(はかな)げで繊細な一面を表しているかのようだ。

背丈はすらりと高く、長くて白い薄衣から透けて見える手足は細く引き締まり、程よく筋肉が付き、なおかつしなやかだ。

もともとの身体の作りは決してか弱くはなさそうだが、何かを消耗し過ぎたことで今はそのような状態に追い込まれ切羽(せっぱ)()まっている、そんなところだ。

何処(どこ)から来たのか、または最初からずっとここにいたのか。何のためにこの岩石の囲いの前に立っているのか。そもそも自分とは何なのか。

きっと理由があるはずだ。そして選択は自由意思に(ゆだ)ねられている。()るか、観ないか。