フランチェスコが現れるに違いない野外劇場に、イザベラは早く行きたくてたまらなかったが、今日は叔母はお客様なので、わがままを言ってはいけないと思っておとなしくついて行った。
「ねえ、あのフェラーラ戦争の時、妹さんはナポリにいたのでしょ?」
「はい、ベアトリーチェは10歳までナポリにいました。私が3歳の時、母は私と2歳のベアトリーチェと1歳のアルフォンソを連れて、ナポリへお里帰りしました」
「ああ、そうね。エレオノーラ様は、ナポリの王女でいらしたんですものね。その時じゃなかったの? エレオノーラ様の弟君のアルフォンソ様が貴女を見て『なんて可愛い子なんだろう。姪でなかったらお嫁さんにするのに』っておっしゃったのは」 イザベラは、うつむいて微笑んだ。
「その時ナポリの祖父が、私かベアトリーチェのどちらかをナポリに置いて帰る様にと母に迫ったんです。人質的な意味もあったので、母は猛反対しましたが、あまり祖父にしつこく言われたので、とうとうベアトリーチェを預けて帰ったそうです。ベアトリーチェは、それから 8年間ナポリにいました。――ベアトリーチェが黒い服を好んで着るのも、あの8年間が影を落としている様な気がして……自分は親から見捨てられた、と」
そう言ってイザベラは、一瞬、悲しげな表情を浮かべた。
しかし、すぐにまたイザベラは、叔母をもてなしたい一心でお喋りに興じた。そうしながらもイザベラは、目だけは注意深くあたりを見ることを怠らなかった。すれ違う人や、道の両側の出店の中の人々の顔を、イザベラは一つ一つ見ていった。
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