受話器を置いた後、祐介はそんな自分が情けなかった。そして、香澄に対しても後ろめたい気持ちになった。しかし、そういう気持ちも少しの間で、今度は明日への期待にすり替わっていく。もしかして、美沙と川村の関係は、自分が考えているような関係ではないのでは、思い過ごしではなかったかとさえ思えてきた。
*
夕方四時、祐介は美沙と学生会館のロビーで待ち合わせた。学内は、冬休みとあって見かける人影もまばらだった。会館の奥にあるコンサートホールからエレキギターをチューニングする音やドラムを叩く音が聞こえてくる。
夜に、水車(みずぐるま)という学内を拠点とする人気グループのクリスマスコンサートが予定されていた。メジャーデビューも噂される実力派グループだ。時折、機材などを運び込む人たちが忙しく通り過ぎるのを横目で見ながら、美沙が来るのを待った。
美沙は、いつも祐介より早めに来ているということはなかった。平気で十分は遅れてくると祐介は踏んでいたので、約束の時間を過ぎても、そう心配することはなかった。
しかし、三十分を過ぎても美沙は現れない。不安になってロビーの青電話から電話をかけた。呼出音だけが空しく鳴り響いた。約束の時間から一時間待ってみて学生会館を後にし、とりあえず出掛けた後かもしれない美沙のアパートへと向かった。
外灯に照らし出された垣根の山茶花が、この前よりたくさんの花を付けていた。窓の明かりが点いている。あの門扉を通過して、ドアをノックした。するとその弾みでドアが僅かに開いた。カギが掛かっていなかった。しかし、返事がない。祐介は恐る恐るノブに手をかけドアを開けた。
土間に下着が放り投げられている。祐介はそれを避(よ)けるようにして、おどおどと部屋に足を運び入れた。
すると、あの大きなベッドの上に美沙が、うつ伏せに横たわっていた。薄いグレーの毛布が体を僅かに覆い、尻から下が露わになっていた。顔は、片側だけこちらを向いている。口元が赤く血で滲んでいた。祐介は、慌てて美沙に駆け寄り肩を揺すった。
「おい、美沙、しっかりしろ。しっかりするんだ……」
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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