本物のダーワット作品が底をつき、詐欺師リプリーに絶好のビジネスチャンスが到来した。ロンドンで彼らと知り合いになっていたリプリーは、画家のバーナードにダーワットの贋作をすすめた。
ダーワットはメキシコで隠遁生活を送っていることにして、絵が完成したらダーワット商会へ送ってくる、というアイデアを出したのもリプリーだった。そして彼は、いまや絵の販売だけでなく、ダーワットのグッズ類の販売など様々な事業に手を出すダーワット商会から利益の一〇%を受け取っていた。
ロンドンのジェフから報告があった。順風満帆だった贋作ビジネスがばれそうになっている、絵画コレクターのトーマス・マーチソンが、自分が購入したダーワットの作品『時計』が贋作ではないかと疑っている、というのだ。事態解決に向けリプリーはすばらしいアイデアを思いついた。
『変装してダーワットになりすましたらどうだろう。そうだ、それがいい! これこそ解決法だ、完全な、そして唯一の解決法だ』(本書二一頁)
『太陽がいっぱい』でディッキーに成りすましたときの再現だ。自分の閃きに嬉々とする詐欺師リプリーの「解決法」は、世間の目から見れば詐欺でしかないのだが。リプリーはもともと役者志望で、ものまねが得意だったこともあり変装はお手の物だ。
ダーワット本人がその絵はわたしの作品だと言えば、マーチソンはそれを否定するわけにはいかないだろうという魂胆だ。リプリーはふたたび役者としての才能にスイッチを入れた。
しかしマーチソンは、ダーワット本人(実はリプリー)を前にしても自説を曲げない。説得に失敗したリプリーはマーチソンに紳士協定をもちかけた。ダーワットはすでに死んでいる、画家バーナードが贋作者だ、バーナードは、友人だったダーワットの絵を贋作していたことがバレたら自殺でもしかねない男だ、どうか見逃してやってくれ、と。
マーチソンはリプリーの泣き落としにも態度を変えることなく、彼からプレゼントされた赤ワイン(マーチソンが好きなマルゴー)を、お前からは受け取れないと突き返した。プレゼントとして渡したワインを突き返されたことは、紳士リプリーには極めて屈辱的だったと筆者は推測する。
リプリーはかっとなり、突き返されたマルゴーの壜を振り上げていた。
リプリーはマーチソンと夕食をともにし、彼を紳士と認めたからこそ紳士協定をもちかけた。リプリー自慢の自宅地下室のワインセラーへマーチソンを案内し、上等のワインを贈答した。しかし自身の紳士の誇りを傷つけられたため、また贋作がばれることを防ぐためにも、彼を殺してしまうはめになった。
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