(あれだけは無事に届けねばならぬ。義近、頼んだぞ──)
源三郎は目で義近に合図を送った。義近も女の隙を見て、逃げ出そうとしていた。
「上忍衆から持たされたこの赤瑪瑙(めのう)石が赤く熱くなったから、ここに間違いがないのはたしかだが、こ奴らそんなお宝を持っているものか」
蘇摩利という忍びの女は前方にいる義近に視線を向けた。義近が背負っている細長い箱を凝視した。修験者が持つ笈(おい)(法具入れ)にしては細長すぎる形状であり、しかも少年の背丈と不釣り合いな長さも目立った。
「おい、その坊主の背負っている箱の中身はなんだ?」
(まずい、気づかれたか……)
源三郎は道の真ん中に飛び出し、蘇摩利の前で仁王立ちになった。
「義近、走れ! 必ず無事にその箱をお渡しするのじゃ!」
義近は意表をつかれたが、源三郎の覚悟を瞬時に悟った。
(源じいは──、死ぬ気だ)
蘇摩利は左手甲を源三郎に向け、たて続けに弩から矢を放った。ビュッと音を立て、とてつもない速度で五発、六発の矢が源三郎の身体(からだ)に命中した。肉塊に鉄矢が吸い込まれる鈍い音がした。しかし源三郎は倒れない。
「おのれ、下っ端のくせに生意気な!」
蘇摩利が枝から跳躍し、源三郎の真下に飛び降りてきた時、源三郎は不敵な笑みを浮かべ両手を交差した。
「わしら蓮華衆の意地を見よ。おまえたちには決して屈せぬ」
次の瞬間、源三郎の胸元で焙烙玉(ほうろくだま)が爆裂した。地面を揺るがす轟音(ごうおん)が響き渡り、爆風が遠くまで弾(はじ)け飛んだ。
義近は夢中で走った。
【イチオシ記事】「もしもし、ある夫婦を別れさせて欲しいの」寝取っても寝取っても、奪えないのなら、と電話をかけた先は…
【注目記事】トイレから泣き声が聞こえて…ドアを開けたら、親友が裸で泣いていた。あの三人はもういなかった。服は遠くに投げ捨ててあった