時の悪戯(いたずら)

ある場末の古びた居酒屋に、小柄な若い男がうつむき加減で入ってきた。その男の表情は暗く、悲壮感さえ漂っていた。その男はカウンター前の丸椅子に座ると、しばらく考え事をしていた。ふと店内の塗装の剥がれた柱時計を見て

「あれ? 僕の腕時計が十七分進んでるな」

と言った。するとカウンター奥に立っていた頬髯を蓄えた店主が

「すみませんねえ、お客さん。この時計は年代ものでよく遅れるんですよ」

と言った。

「じゃあ、僕の時計が正しいのですね。危なかった。三時半に待ち合わせがあるんですよ」

と言いながら、何かひらめいたことがあったらしく、表情が突然明るくなった。しばらくしてから、彼はこの店を出て行った。

その後、全身黒色の服を着た、いかにも怪しげな二人組が店に入ってきた。一人は背が高く、もう一人は背が低かった。背が低い方の男がさきほどから続いていた会話を進める。

「兄貴はまっすぐな男ですね、兄貴はもう少し、器用に生きた方がいいんじゃないですかね。あまり、ひとつのことだけにこだわり続けて生きていると人生たまったものじゃないですぜ」

「俺はな、オール オア ナッシングの生き方しかできないんだ」

「そんな、短絡的な考え方、だめですぜ。人生には表と裏があるし、逆もまた真なりというじゃありゃせんか」

「うるせい、生意気なこと言いやがって、一体お前は誰のおかげで飯が食えてると思ってんのだ」

「確かに俺は兄貴に出会えて、命を助けられ、今はこうやって一緒に金稼げて、感謝してまっさ」

「わかってるなら、余計な口出しはすんな」

「えへへ……ところで兄貴、兄貴の腕時計二十分進んでますよ」

「おい、こら! 兄貴じゃないだろ、仕事のときゃ、兄貴じゃなくてナンバー44と呼べと言っているだろう。ナンバー45。お前の方が遅れてるんじゃないか?」

「でも兄貴、いや、ナンバー44、あの時計を見てくださいよ」

「ああ、確かに俺のがかなり進んでるな」

そして背が高い方の男は自分の腕時計を二十分ほどずらした。

「そろそろ行くぞ。ナンバー45」

「はい」