いつものように大きな声で「おはようございます」とは言えなかった。
「社長、何をおっしゃいますか、心配なんかしていませんよ。これからです。これからですよ」
仙田は、自分に言い含めるように言った。
「そうですか、専務にそう言われると私も気が楽になります」
「社長、私なんかの気苦労は大したことではありませんよ。矢面に立たされてきた社長に比べれば苦労のうちに入りません。社長! 頑張ります。私にも頑張らせて下さい」
「ありがとうございます。専務のその言葉を聞いて、ますます元気をもらいました。面目ない、申し訳ない、恥ずかしいなんて言っておれませんね」
「そうですよ、社長。わが社の民事再生は原因がはっきりしています。巷の倒産とは全く違います。市場が縮小して売上が落ち込んだ訳でもない、市場が混乱し価格競争に陥った訳でもない、クレームを出して市場からボイコットされた訳でもない、まして社長が資金を流用して株や不動産に手を出した訳でもない」
「しかし、だからといって許される訳でもないし……」
と松葉が言っていた時、通用口の方で竹之下の大きな声がした。
「常務、何を怒鳴っているのだ」
「誰がこんなに早く玄関のシャッターを開けたのだ、と言ったのです。債権者が押し寄せ たらどうするのだ、と言いました」
「実は俺が開けたのだよ」
「エッ、社長ですか。開けると早朝から債権者が押し寄せて来て、たいへんでしょう」
「多くの債権者が押し掛けるかもしれない。先ほども玄関の前に車を停めて、様子を窺っていた者がいた」