校門近くに鎮座するソメイヨシノは満開を迎えていた。薄桃色の花弁が咲き誇り、風に煽られ梢がたわむ度に、三十本以上あるとされる雄しべの直立不動の姿勢が際立つ。凛としたその姿とは対照的に、足下に点綴 (てんてい)した桜の花弁は、もの寂しい感情を引き出す。
綿々と日本人の情操を育んできたと表現しても、決して大袈裟ではない神秘的な魅力がそこに認められた。
しかし、僕の視線を掴んで離さないのは桜ではない。樹下に佇み、寂しさと慈しみの混合した微笑を湛えて桜を見上げる小花あかりだった。いつもの陽気な雰囲気とあまりにもかけ離れたその姿は、桜と同化して同様の神秘的な魅力を帯びていた。微風が彼女の髪をかすかに揺らす。
出会う度に頭をもたげていた淀みのない苛立ちは、いつの間にか消えていた。彼女の後ろ姿に向かって、僕はゆっくりと近づいた。
「いつもあんなに騒いでるのに、そんな顔ができるんだね」
彼女が小声でふっと笑った。振り向かないまま、桜を見上げながら彼女は僕に応える。
「ちょっと。こないだも、おんなじようなこと言われた気がする。ああ、桜よ桜さん。この失礼千万な男の子に効く薬を処方してくださいませ」「そんなお願いされたのは、桜も初めてだろうね。気の毒に」
変わらず桜を見上げながら、あははっと彼女は笑った。微風に促されるようにゆっくりと振り向く。その姿は、いつもの元気を再び羽織っていた。
「さて! 頑張るかあ!」
出会った時と変わらない喜色に満ちた表情。先ほどのもの寂しい感じはどこかへ消えている。人の態度はこうも急激に変化するものなのかどうか、不思議に思いながらも結論は導き出せなかった。
気づけば一学年の他クラスの園芸委員が集まっていた。みんなとっても嫌そうな顔をしている。わかるぞ、同志よ。はめられた気分だろう。
中村さんが園芸用の衣装で現れて、手順を説明してくれた。中村さんはどれだけ万能な人なのか、都合よく使われているのかわからないけれど、とりあえずなんでも引き受ける、どの職場でも一人はいそうな良い人なのかな。職場経験ないけれど。
学校中に花壇があるので、クラスごとにエリアを区分けして移植することになった。僕と小花あかりは校門付近の、撫子の花があるエリアだ。「さ! 張り切っていきましょう!」という中村さんの号令がかかり、各々が作業に取りかかる。
「撫子の花の近くだなんて、なんか私たちにピッタリだね」
撫子の花言葉。ピンク色の撫子の花言葉。宿題のように、義務感を持って頭の中にその言葉が浮かび上がる。
「そうだね。小花さんはさ、やっぱり撫子の花が好きなの?」
撫子の花の話題をあまり深掘りしたくはなかったけれど、思わず聞いてしまった。
次回更新は7月29日(火)、21時の予定です。