新調したと思われる光沢を帯びたスーツのフロントカットをはためかせ、眼前を忙しなく過ぎる社会人。欠伸を隠さず、のそりのそりと歩く数人の学生。一際濃い影を側に落とし、俯きながら歩く見慣れない男の子。矯めつ眇めつ眺めていると、様々な時の流れと、押し込まれたそれぞれの本音をそこに感じた。

僕はどれに当てはまるのだろう。欠伸を隠さずのそりと歩を進める学生だろうか。高校生活の始まりという、人にとっては人生の岐路と言うべき一大イベントにもかかわらず、格別に胸躍る感情は湧き起こらない。

今日から、よき理解者である和也も側にいない。新しい人間関係の構築が煩わしいという、強がりな不安は脳裏にこびりついているけれど、それも時の経過が解決してくれるように思う。たぶん。

最寄り駅に着くと、券売機前の柱に寄りかかる見慣れた人影を認めた。目を疑う自分をよそに、その相手は会話を始める。

「よ! 颯斗! おせーよ。結構待ったんだぞ」

「は……? 和也なんで?」

「なんでって、今日から新生活の始まりだろ? それに学生はだいたい朝のこの時間帯に登校するだろ」

「いやそうじゃなくて、なんで俺と同じ制服着てんだ?」

自身と同じ学生ブレザーを着ている和也を凝視しても、目の前の状況の理解が追いつかない。僕と和也の違いは、ネイビーのカーディガンを着ているか着ていないかだけだ。和也は中学の時から、カーディガンを愛用していた。

「だからなんでって、お前と一緒の高校に入学したからに決まってんだろ」

「決まってねーよ! そんで聞いてなかったよ! 和也だったらもうちょい上の公立校とか、いくらでも選択肢あったろ」

この会話の虚実の輪郭すら掴めず、夢を見ているとしか思えなかった。

「元から颯斗と同じ高校に行くつもりだったよ。てか、お前もう少し親友の動向に興味持てよな。結局あかりちゃんに会ったあの日まで、お前一回も俺にどの高校行くのか聞かなかったろ? ああ! 俺は寂しかったなあ!」

「いや、和也は当然、大安なんかより大学進学に有利なとこ、行くと思ったから」

「ああショックだった! ひでえやつだ。しかも若干、大安高校にも失礼だし」

和也はわざとらしく両手を頭の後ろに回し、上を仰ぎ見ながら、少しニヤつきながら僕を煽る。

「悪かったって……」

「冗談冗談! んじゃあ行こうぜ。あ、颯斗」

「ん?」

「これからもよろしくな」

「うん。まあまあ嬉しいよ。和也と一緒の高校で」

「まあまあって何だよ!」

僕は思わず微笑をこぼす。和也が僕と同じ高校を選んで入学する理由は理解できなかったけれど、強がりな不安を少し捲(めく)ってもらえた気がした。

次回更新は7月25日(金)、21時の予定です。

 

👉『なでしこの記憶』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】自分が不倫をしているんだという自覚はほとんどなかった。

【注目記事】初産で死にかけた私――産褥弛緩を起こし分娩台で黒い布を顔に被され電気も消され5時間ほどそのままの状態に