【前回の記事を読む】初対面で「デリカシーなさ男」呼ばわり。美しい顔立ちに反して、清楚とは無縁のお転婆な性格のようで…

ハーデンベルギア

「タメ語でいくね! そうなの、私は隣町の横西中学に通ってたの。ここの近くの坂を下ると鴨ヶ谷っていうバス停があるの知ってる? その大通りの向かいに住んでるの。ちょうどその辺が通学区域の境目だから、横西中学に通ってたってわけで。距離的には二人と同じ横西台の方が近いんだけどね」

「なるほどねえ。でもあかりちゃんが横西台じゃなくてよかったかも。もしそうだったら颯斗と毎回喧嘩して、仲裁する俺の心も体ももたない気がする」

会ったばかりの同級生に、何の違和感もなく下の名前、しかもちゃん付けで呼ぶことができる和也の能力を羨ましく思いつつ、まだ小花あかりに対する憤りが、心の奔流に熱を与えて沸騰している気がした。

「おや、随分と若いお客様が来たね」

三人で話していると、騒々しい声を聞きつけてか、奥から白髪混じりの男性が出てきた。柔和な微笑を湛えながらも、どこか冬枯れのもの寂しい風景を思わせる雰囲気だった。

当時より白髪は増え、少し痩せた様子ではあるけれど、店主の柏木さんであることはすぐにわかった。元々ホリが深く、柔和な笑みがなければ威厳を感じさせる相貌だったから、より渋みが増して、いわゆるイケてる親父になっていた。

「ああ! 柏木さん! 俺たちのこと覚えてませんか? 皆木和也と、こっちは矢崎颯斗です。小さい頃、よくこのお店の手伝いとかもさせてもらってたんですけど」

和也が尋ねると、柏木さんは目を大きく開いた。真剣な顔をされると、少し怖い。

「おお! 和也くんと颯斗くんか! なんとまあ大きくなって……。特に颯斗くん! 子供の頃から端正な顔立ちをしていたけど、よりイケメンになったじゃないか」

「ちょっと柏木さん! 俺は?」

わざとらしく返答に困った顔をする柏木さん。和也の消沈した顔を見て、三人で笑った。オレンジ色の夕日が室内に差し込む。温和な空気が室内に生まれる。しばらくの間、小花あかりを交えて四人で談笑した。

「あ! やべっ。颯斗悪い! 俺、この後家族で飯食べる予定でさ、みんなとの会話が楽しすぎて、時間忘れてた」

和也の家は、入学や卒業、祝い事があると家族みんなで食事をする。少し、羨ましい。

「OK。じゃあ俺も今日はこれで帰ろうかな」

「二人ともお帰りかい? 今日は本当によく来てくれたね。颯斗くん。和也くん。また是非来てください。今度はみんなでお茶でもしよう」

「おお! 嬉しいな颯斗! 柏木さんのお茶と芋羊羹! 最高に美味しいもん!」

柏木さんは昔、僕たちが遊びに来ると、その度にお茶と芋羊羹をご馳走してくれた。若い頃に茶道を嗜んでいたという柏木さんが入れるお茶は、苦みはあるけれど、どこか心が落ち着く不思議な効能があって、僕も和也も大好きだった。

「うん! 柏木さん、また来ます。今度はお店もお手伝いしますね」

「ありがとう! またのご来店を、首を長くしてお待ちしてるよ」

「ありがとうございました!」

和也と一緒にお礼を済ませると、僕たちはそそくさと帰路に着いた。しかし、外国人墓地の横の階段を半ばまで駆け降りた所で、溌剌とした声が僕たちの後ろ髪を掴んだ。

「矢崎颯斗くん!」