たくさんの人に問いたい。人の往来する場所で、フルネームを叫ばれ呼び止められる経験のある人はいますか? なかなかの少数派だと思う。
和也と一緒に驚いて振り返ると、小花あかりが駆け足で向かってくる。手に握られた一輪のピンク色の撫子の花が、急く足音に煽られ、困惑して目を回しているように見えた。
ふーっと、僕たちの目の前で立ち止まると、小花あかりはまたその元気な声で空気を劈く。「君! 矢崎颯斗くんは人生つまんなそうな顔してるから、この花をあげる。少しは元気出しなさい! モテないよ!」
「はあ? なんてしつれ……」
「まあまあ! あかりちゃんありがとう! 確かに颯斗はここ数年ずっと根暗な感じでさあ。助かるよ! ほい颯斗、綺麗な花だからもらっとけ、じゃあ行くぞ! あかりちゃんまたね」
「ちょっ、待てよ和也! あいつ失礼すぎっ」
有無を言わせないためか、和也は僕の腕を強く引っ張り、無理矢理その場を後にした。
「痛いって和也! なんで止めたんだよ」
「お前なあ、止めないとまたあかりちゃんと喧嘩し始めるだろ? 勘弁してくれよ。仲裁者の身にもなれ」
「確かに……。ごめん。でも和也。一つはっきりとわかったことがある」
「ん? 何?」
「俺は、小花あかりがめちゃくちゃ嫌いだ」
和也は吹き出した。僕の右手には、ピンク色の撫子の花が静かに佇んでいた。
次回更新は7月24日(木)、21時の予定です。