【前回の記事を読む】高校の入学式、両親の仏壇に手を合わせ家を出た。最寄り駅に着くと、券売機前の柱の前に、目を疑う人物が…

タンポポ

僕たちが通う高校は、神奈川県内にある私立、大安高校。そこまでレベルが高い高校ではないことと、授業料免除の特待生制度を設けていたこともあり、祖母の勧めで受験して、無事に特待生として合格した。

といっても、授業料が免除されるだけで、学校生活は他の生徒と何も変わりない。ちなみに和也も特待生らしい。余裕の合格で、試験で二番目の成績だったそうだ。少し、むかつく。

高校の最寄り駅、鷺見駅前のバスロータリーでは数台のバスがエンジン音を響かせている。バスから降車して、せかせかと足を動かし鷺見駅へと向かう人たちを横目に少し進むと、大きな交差点の側に大手チェーンのハンバーガーショップがある。

近くのお寺で修行していると思われる数名のお坊さんが並んでいるが、周りの人は何か言いたげに彼らを盗み見ていた。

「お坊さんがハンバーガーなんて食べていいんですか?って言いたげだな」

和也は冗談で言っているけれど、僕含め、今この周辺の人が彼らを盗み見ている確固たる理由はそれだろう。

「やっぱそう思う? 触れちゃいけない感がぷんぷん漂ってるよな」

「わかる。お坊さんが堂々としてる感じもなんか笑えるな」

お坊さんが何バーガーを頼むのか最後まで見届けたい気持ちを抑え、僕たちは大安高校へと向かった。

交差点を渡って左へ曲がり道なりに進むと、右手に大きなお寺の入り口が現れる。石の祠の間を抜けしばらく境内を進む。漂う澱みのない空気は、境内の厳かな雰囲気を形作っている。

俗世とかけ離れた静寂の空間。両脇の木立の間から、木漏れ日がか細い光線となって、僕の頬に不規則に当たる。作務に勤しむお坊さんがこちらに気づき、恭しく会釈する。僕たちも姿勢を正し、おはようございますと頭を下げた。

お寺を抜けると、閑静な住宅街が顔を出し、そのまま六十メートルほどまっすぐ進むと、荘厳な門扉がまさに開けられようとしている光景が眺められた。

大安高校の校門だ。校門の開放と同時に、流れ入る水のように校内へ入っていく生徒たちに向かって、炯々たる目をもった白髪混じりの男性教諭が挨拶を繰り返し投げかけていた。

後でわかることだが、その男性教諭は副校長の桜井光利先生だった。悪事を働けば仮借なく罰することが容易に想像できるその眼光の鋭さに、僕たちは怯えながらも小さく会釈した。

「おはよう。入学おめでとう」

「お、おはようございます! あが、ありがとうございます」

奇跡なのか、僕たちは噛む箇所まで一緒におずおずと挨拶した。緊張が頂点に達していたので、急く歩調を合わせ、そして早めてその場を乗り切った。

左目の視界の端に、撫子の花がチラついた。

「なあ颯斗。入学式ってさ、もっとこう華やかで楽しい雰囲気が普通じゃないのかな? 変な汗が止まんないんだけど」

「奇遇だわ。全くおんなじこと考えてた。やらかして職員室に呼ばれた後みたいな感じだよ」

校門を背に少し進むと、双子のように並び立つ建造物が現れる。一つは学舎だが、特に秀でた雰囲気を放つもう一つの建物は、大安高校が誇る講堂だ。

有名なコンサートホールと比較しても引けを取らないほどの大きさで、山葵色の屋根と茅色の外壁が日光に照らされ、荘厳な雰囲気をより濃く演出していた。