入学式と書かれた、お決まりの立て看板を設えた正面入り口が、来訪者を晴れやかに迎える。両脇にはガーベラやスイートピーなど、多種多様な花が飾られている。
講堂に入ると、線香の香りの混じった清冽な空気が顔を撫でた。
「保護者の方は同伴されてますか?」
案内役の事務員の方なのだろう。厳かな空気に急かされ、まごついていた僕たちに、朗らかな笑顔を浮かべた若い職員が話しかけてくれた。
そしてこの人には見覚えがあった。確か〝中村さん〟だったはずだ。学校説明会の時に司会進行役をされていた人で、丁寧に磨かれ燦然と輝く宝石のような、朗らかな笑顔がその時も印象的だった。
ちなみに和也の両親は共働きで、今日は休みが取れず、僕はそもそも両親がいない。和也が一歩前に歩み出て、質問に答える。
「同伴者はいません。僕たちだけです」
その返答に、中村さんは優しく微笑して頷いた。
「そうですか。二人とも本当に入学おめでとう。これは講堂内の地図ね。君たちはAからHの席に座って。その辺なら自由に座っていいから。あ、でもなるべく前から詰めて座ってほしいから、前が空いてたらそっちに座ってね」
「はい! ありがとうございます!」
僕たちは同時に返事をして、軽快に深くお辞儀した。中村さんの笑顔で、少し緊張がほぐれた。
式場内は格式ばった雰囲気と、仏教系の高校の講堂ならではなのか、より濃く線香の香りが漂っていた。入り口で感じたものと同じ清冽な空気が顔を覆う。世故の侵入を一切許容しない重々しい空間。緊張を誘う。
式の冒頭、生徒会長が朗々と散文的な祝辞を読み上げる。式の終わりまで退屈との付き合いを覚悟したけれど、その覚悟は無意味だった。
次の校長の挨拶は、内容の変更があった。校長は病気療養中のため今年いっぱい不在で、代わりに副校長が登壇するというもの。その副校長が、先ほどの鋭い目を持った男性教諭だった。僕と和也は衝撃を覚え、ぎこちない動きで顔を見合わした。
「あ、あの人副校長だったのかよ。ビビってちゃんと挨拶できなかった……。やばいかな?颯斗?」
「薔薇色から漆黒になったな、俺たちの未来の青春物語」
「同感」
スポットライトを燦然と浴びた桜井副校長が見える。ありがたみは皆無で、というか威厳がありすぎて恐怖しか感じない。桜井先生ごめんなさい。ただその恐怖の傍に、どこか懐かしい、不思議な温もりも感じた。
次回更新は7月26日(土)、21時の予定です。