「……あのお医者さんが、透を手術するの?」

まさ子は手術室のドアを見つめながら呟いた。

「口は悪いが腕はいい、というドクターもいるよ」

幹雄が放ったその言葉は、まさ子を励ますというより、自分に言い聞かせるためのものだったかもしれない。

不意に、まさ子はジョンのことを思い出した。

「そうだ、おまわりさん。ジョンは、うちの犬はどこにいますか?」

「ワンちゃんは、大破したバイクの車体の一部が直撃して、絶命しました。重ねてお気の毒です」

「お巡りさん、お願いがあります」と幹雄が言った。

「なんでしょう」

「息子の容態が落ち着いたら必ず引き取りに行きますので、それまで亡骸を預かっておいてください。息子が可愛がっていた犬なので、ちゃんとしてやらないと」

まさ子も念を押した。

「そうです、絶対に捨てたりしないでください。ジョンは……透の身代わりになったのかもしれないんだから」

まさ子は透の手を握った。

(大丈夫よ。きっと助かる。ジョンが守ってくれる)

 

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